一 被告人の犯行前後の行動に特殊異常の點があり且その近親者に精神病者がある等その精神に異常の伏在する疑が濃厚であるときには、その異常がどの程度であるか普通人の知識を以て容易に知ることができる場合を除いて、裁判所は専門家にその鑑定を命じ、その結果に徴して被告人の精神状態を判斷しなければならないが、被告人にその疑がないときには裁判所は被告人の精神が正常な状態にあるものとして、別段その鑑定を命じないで裁判しても、それを審判手続又は採證の法則に違反するものと云うことはできない。 二 奪取罪は犯人が他人の所有物をその者の支配を侵して奪取するによつて成立するものであるから、かかる犯罪事實を判示するに際し、その被害者が數人あり、盜品の種類、數量等も多種多様であるときは、必ずしもその詳細を逐一明示するを要せず、被害者中或の氏名を表示して他はその員數等を揚げるに止めその種類數量についても、その中比較的重要な物のみを示して他は雑品としてその總數を概略表示する等、これによつて他人の支配を犯してその者の所要物を奪取したことを知り得べき程度に具體的に判示すれば充分であることは、既に當裁判所の判例とするところである(昭和二三年(れ)第五九六號昭和二三年一〇月一六日小法廷判決)。 三 記録を綴るにあたつて、各書類がその作成又は提出された日時の順に排列整頓されて居らず、又はその丁數に誤記があるとしても、これを以て刑事訴訟法の書類作成の規定に違反すると云うことはできない。(昭和二二年(れ)第一二一號昭和二二年一二月一一日第一小法廷判決)。まして、その書類が無効となつたり又はその證明力がなくなることにはならない。
一 被告人の精神異常と鑑定 二 奪取罪における被害者及び被害物件についての判示の具體性の程度 三 記録編綴に順序不整又は丁數の誤記ある場合と書類の効力
舊刑訴法219條,舊刑訴法337條,舊刑訴法410條19號後段,舊刑訴法72條,刑法236條,旧刑訴法360條1項
判旨
裁判所が精神鑑定を命ずべき義務を負うのは、被告人の行動や近親者の状況等から精神の異常が濃厚に疑われ、かつその判断に専門知識を要する場合に限られる。また、窃盗・強盗等の奪取罪の訴因において、被害物等の詳細は他人の支配を侵したことが特定できる程度に具体的に示せば足りる。
問題の所在(論点)
1. 被告人の精神状態に疑念がある場合、裁判所は職権で精神鑑定を命ずる義務を負うか。2. 強盗罪等の訴因(犯罪事実の判示)において、被害者や被害品の詳細をどこまで具体的に特定する必要があるか。
規範
1. 精神鑑定の要否:被告人の犯行前後の行動に特殊異常があり、近親者に精神病者がいる等、精神の異常が濃厚に疑われる場合で、かつ普通人の知識では容易に判別できないときに限り、裁判所は専門家の鑑定を命じなければならない。2. 奪取罪の犯罪事実の特定:被害者が多数かつ盗品が多様な場合、被害者全員の氏名や全品目の詳細を逐一明示する必要はなく、一部の氏名や主要な物品、概略の員数等を示し、他人の支配を侵して奪取したことが認識できる程度に具体的に判示すれば足りる。
重要事実
被告人はA外4名を殺害し、衣類雑品約40点(約5万円相当)を強奪したとして強盗殺人罪に問われた。被告人は、祖母が激昂時に視力を失うことがあった旨を供述したが、原審は精神鑑定を命じずに有罪判決を下した。また、判決書では被害品が「衣類雑品約40点」と概括的に記載され、記録の綴りや丁数に一部誤りがあった。
あてはめ
1. 精神鑑定について:被告人の祖母の特異体質のみでは遺伝的要因があるとはいえず、犯行が残虐であっても、公判廷での供述等を含む訴訟の全経過から犯行前後の説明が理路一貫していれば、精神が正常であったと判断できる。2. 事実の特定について:本件では被害者5名のうちAのみを氏名で示し、物品も「衣類雑品約40点」と概括しているが、これによって他人の支配を侵した事実は十分に特定されており、証拠との齟齬も認められない。3. 記録の不備について:記録の丁数誤記や綴り順の誤りは整理上の瑕疵にすぎず、書類の効力や判決には影響しない。
結論
1. 精神の異常が濃厚に疑われない限り、鑑定を命じない判断は審判手続等の違法とはならない。2. 他人の占有を侵したことが特定できれば、被害品等の細部の省略は許容される。上告棄却。
実務上の射程
刑事訴訟における職権証拠調べ(鑑定)の限界と、訴因の特定(または判決書における罪となるべき事実の摘示)の程度に関する基準を示す。実務上、複雑な窃盗・強盗事案での事実記載の簡略化を肯定する根拠として活用できる。
事件番号: 昭和24(れ)14 / 裁判年月日: 昭和24年6月18日 / 結論: 棄却
たとえ近親に精神病者があるとしても、犯罪の動機經過、およびその後における被告人の言動等に照し、犯行當時の被告人の精神状態につき特に疑を挾むべき點を認めない場合は専門家による精神鑑定の方法によらずして、犯行當時の被告人の精神状態を判斷してもこれをもつて違法というべきではないのである。(昭和二三年(れ)第四八六號昭和二四年…