一件記録によれば被告人及び辯護人が原審公廷において被告人の犯行當時の精神状態が果して正常であつたかどうかについて精神鑑定を申請していることは所論のとおりであり、なお、辯護人が辯論として「被告人は當時精神に正常を缺き居たものと認め得らるべく云々」と陳述していることも明白なところであるから以上を綜合して本件においては被告人及び辯護人は夫々被告人が犯行當時心神耗弱乃至心神喪失の状態にあつたと主張したものと解するのが相當である。
心神耗弱乃至心神喪失の主張があつたものと認められる一場合
刑法39条,旧刑訴法360条2項,旧刑訴法410条20号
判旨
被告人又は弁護人が犯行当時の心神耗弱又は心神喪失の状態を主張した場合には、裁判所は必ずこれに対する判断を判決に示す必要がある。
問題の所在(論点)
被告人側が精神鑑定の申請や弁論を通じて犯行時の精神障害を実質的に主張している場合、裁判所は判決において責任能力の有無に関する判断を示す必要があるか(旧刑事訴訟法下における判断遺脱の成否)。
規範
心神喪失又は心神耗弱の状態は法律上刑の減免の事由となる事実である。したがって、被告人側からこれらの精神状態の存在が主張された場合、裁判所は、判決においてこれに対する判断を示す義務を負う。
重要事実
被告人及び弁護人は、原審の公判において被告人の犯行当時の精神状態が正常であったか否かについて精神鑑定を申請した。また、弁護人は弁論において「被告人は当時精神に正常を欠いていたものと認められる」旨を陳述していた。しかし、原判決にはこれらの点に関する判断が一切説示されていなかった。
あてはめ
本件では、被告人側による精神鑑定の申請や、弁論における「精神に正常を欠いていた」との陳述がなされている。これらを総合すれば、被告人側は犯行当時に心神耗弱又は心神喪失の状態にあったことを主張したものと解するのが相当である。それにもかかわらず、原判決がこれに対する判断を全く示していないことは、判決に示すべき判断を遺脱した違法があるといえる。
結論
原判決には判断遺脱の違法があるため、破棄を免れない。
実務上の射程
本判決は旧刑訴法下のものだが、現行刑訴法335条2項(法律上刑の加重減免の理由となる事実の主張に対する判断明示義務)の解釈において重要な意義を持つ。鑑定申請や弁論の趣旨を総合して「主張」の有無を判断しており、明示的な形式的申立てがない場合でも実質的に責任能力が争われている場合には、裁判所は判断を示すべきであるという実務上の指針となる。
事件番号: 昭和23(れ)486 / 裁判年月日: 昭和24年2月1日 / 結論: 棄却
一 被告人の犯行前後の行動に特殊異常の點があり且その近親者に精神病者がある等その精神に異常の伏在する疑が濃厚であるときには、その異常がどの程度であるか普通人の知識を以て容易に知ることができる場合を除いて、裁判所は専門家にその鑑定を命じ、その結果に徴して被告人の精神状態を判斷しなければならないが、被告人にその疑がないとき…
事件番号: 昭和25(れ)1020 / 裁判年月日: 昭和25年9月22日 / 結論: 破棄差戻
被告人の本件犯行は遺博傅による一時的精神錯亂によつて生じた行爲と解せられるという言葉は、被告人が犯行當時、心神粍弱乃至心神喪失の状態にあつたことを主張したものと認められるのであるが、原判決にはこれに對する判斷が説示されているとは解し得られないのである。然らば、論旨は理由があり、原判決はこの點において破棄を免れない。