一 所論の原判決の認定した殺意の証拠説明は粗雜であり、断片的であり且つ徒らに無用の修辭を使つて其の骨子とするところ明確を缺く嫌いがないでもないがその証拠説明全體を綜合すれば要するに被告人が押收の龍彫刻模様の七首を以て被害者の左胸部を刺し同人を即死させた客観的事實を間接証拠として被告人の主観的殺意を推測認定したものであると明白である。そして所論の第一審第二回公判調書に依れば被告人が右の客観的事實を自認したこと明らかであるからその供述記載を採つて先づ右の客観的事實を認定し、次にその認定した客観的事實を基礎として被告人の本件主観的意思を推測認定することは、論理上正當であるのみならず經驗法則に照し毫も不當でない。 二 原審の刑が不當に重いと考へるという論旨は原審裁判所の専權に屬する刑の量定に關する非難に過ぎないから上告適法の理由とならない。
一 客観的事實を間接証拠とする主観的意思の認定 二 刑の量定の問題
刑訴應急措置法13條2項,刑訴法336條,刑訴法360條1項
判旨
殺意の認定において、犯行態様等の客観的事実から主観的殺意を推認することは、論理則および経験則に照らして正当である。凶器の種類や攻撃部位といった外形的事実が確定されれば、それに基づき殺意を推認することが認められる。
問題の所在(論点)
被告人が主観的に殺意を否認している場合において、凶器の性質や攻撃部位といった客観的事実から殺意を推認することが許されるか。また、原判決の「力まかせにえぐった」という修辞的な表現の有無が判決に影響を及ぼすか。
規範
殺意の有無という被告人の主観的意思の認定については、直接的な供述が得られない場合であっても、使用された凶器の性質、攻撃の部位・程度、死因となった負傷の状況等の客観的事実を基礎とし、これらから経験則に照らして主観的殺意を推認することが許される。
重要事実
被告人は、被害者Aに組み伏せられ、背後に他の者が乗りかかるなど身体的危険を感じた際、携行していた竜彫刻模様の七首(短刀)を抜き、仰向けになったAの左胸部を突き刺して即死させた。被告人は供述において「夢中で刺した」「殺すつもりはなかった」と述べ、原判決が用いた「力まかせに」「えぐった」という表現は証拠にない修辞であると主張して殺意を否認した。
あてはめ
被告人が自認する客観的事実によれば、殺傷力の高い七首を用い、人体の枢要部である左胸部を突き刺して即死させている。このような客観的事実が確定されている以上、これを基礎として殺意を推認することは論理上正当であり、経験則にも合致する。弁護人が主張する「力まかせ」「えぐり」といった表現の存否は、かかる客観的事実に基づく殺意の推認を左右するものではなく、判決に影響を及ぼさない無用の修飾にすぎない。
結論
被告人の殺意を認めた原判決の判断は正当である。客観的事実から主観的意図を推認する手法に違法はなく、上告を棄却する。
実務上の射程
実務上、殺意の認定において「客観的事実からの推認」という手法を肯定した重要判例である。答案では、凶器の性状(殺傷能力)、攻撃部位(枢要部か)、攻撃の強さ・執拗性などの事実を拾い上げ、本判例の論理を援用して「〜という客観的事実からすれば、死の結果発生を容認していたと推認できる」と論証する際の基礎となる。
事件番号: 昭和25(れ)1244 / 裁判年月日: 昭和25年12月1日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】凶器を用いた攻撃態様や犯行時の状況等の客観的事実から、犯人の内面にある傷害の故意を推認することは適法である。 第1 事案の概要:被告人は、被害者の隙を窺い、勢い込んでその背後から出刃包丁を振るって被害者の背部を突き刺した。原審は、被告人の供述に加えて、公判調書における証人の供述等を総合してこれらの…
事件番号: 昭和44(あ)1112 / 裁判年月日: 昭和44年10月15日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】急迫不正の侵害に対し、被告人がもっぱら攻撃意思に基づき行為に及んだ場合には、防衛意思が欠如し、また「やむを得ずにした」ものとは解されないため、正当防衛は成立しない。 第1 事案の概要:被告人は被害者から何らかの侵害を受けたが、それに対し被害者への攻撃意思をもって本件行為に及んだ。原審において被告人…