原審公判調書の記載によつて原審審理の跡をたずねてみると、原審の裁判長が書類について證據調手續を履踐した後、被告人において「意見なく、別に訊問を求むる者なし」と陳述した事實あることが明かである。被告人のこの陳述たる刑訴應急措置法第一二條の規定によつて與られた訊問請求權を被告人において行使する意思が無かつたものと認められる。これによつてこれを見れば、原審が右法律所定の被告人の防禦權行使に對する機會を被告人に與えなかつたとは云い得ない。
刑訴應急措置法第一二條に規定する被告人の訊問請求權の行使の機會
刑訴應急措置法12條1項
判旨
憲法37条2項及び刑訴応急措置法12条(現行法321条等)に基づく被告人の証人審問権につき、裁判長が証拠調手続後に訊問の有無を確認し、被告人が訊問を求めない旨回答した場合には、防御権行使の機会を奪った違法はない。
問題の所在(論点)
被告人が公判期日において「訊問を求めない」旨を陳述した場合に、裁判長がさらに証人審問の機会を積極的に保障しなかったことは、憲法37条2項及び刑訴応急措置法12条が保障する被告人の審問権・防御権を侵害するか。
規範
憲法37条2項が保障する被告人の証人審問権は、当事者対等主義を徹底し、被告人の防御権行使を全うさせる趣旨である。もっとも、被告人が法律上与えられた訊問請求権を行使する意思がないことを明確にした場合には、裁判長が重ねて訊問の発動を促さずとも、防御権行使の機会を付与したといえ、同条項に違反しない。
重要事実
被告人が不知の間に作成された供述録取書類等が証拠として提出された事案。原審の裁判長は、書類について証拠調手続を履践した後、被告人に対し意見や訊問の有無を確認した。これに対し被告人は、「(書類について)意見なく別に訊問を求むる者なし」と陳述した。弁護人は、被告人の法律知識の欠如等を考慮し、裁判長は被告人の請求の有無にかかわらず訊問権の発動を促すべきであり、原審の手続は防御権を不当に制限する違法があると主張して上告した。
あてはめ
原審の公判調書によれば、裁判長は証拠調手続の後に被告人の意見を確認している。これに対し被告人は自ら「意見なく別に訊問を求むる者なし」と明示的に陳述している。この陳述は、法に基づき与えられた訊問請求権を行使する意思がないことを明確に示したものと認められる。したがって、原審は法が定める防御権行使の機会を被告人に十分に与えていたと評価できる。
結論
被告人が訊問請求権を行使しない意思を表明した以上、裁判長がそれ以上の措置を講じなくとも防御権の侵害には当たらず、原判決に違法はない。
実務上の射程
伝聞例外(現行法321条以下)の適用局面において、被告人に反対尋問の機会が実質的に保障されていたかを判断する際の指針となる。被告人が明示的に権利放棄の意思表示をした場合には、手続的保障が尽くされたと判断されやすいことを示している。
事件番号: 昭和23(れ)1347 / 裁判年月日: 昭和23年12月25日 / 結論: 棄却
被告人又は辯護人は原審において、所論鑑定書の作成者の訊問を請求した事實のないことは、記録上あきらかであるから、原判決が被告人に右鑑定書の作成者を訊問する機會を與えないで、右鑑定書を證據としたことはすこしも違法ではないのである。
事件番号: 昭和41(あ)1634 / 裁判年月日: 昭和42年3月2日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】裁判所による被告人質問において、あらかじめ供述拒否権等の権利を告知しなかったとしても、直ちに憲法38条1項に違反するものではなく、また当事者主義にも反しない。 第1 事案の概要:原審において、裁判所が被告人に対し、供述拒否権等の被告人の権利を保障するために必要な事項(黙秘権告知など)を事前に告げる…