自衛隊の航空機の機長が出張先から隊員を同乗させて自隊へ帰る途上、同機の位置の不確認等により正規の航空路を外れて航行するなど操縦者において航空法その他の法令等に基づき当然に負うべき通常の注意義務を怠つたことによつて同機を山腹に激突させ、同乗者を死亡させたとしても、それだけでは国に右同乗者に対する安全配慮義務違反があるということはできない。
自衛隊の航空機の機長が操縦上の注意義務を怠つたことにより生じた同乗者の死亡事故と国の右同乗者に対する安全配慮義務違反の成否
民法1条2項,国家公務員法第3章第6節第3款第3目公務傷病に対する補償
判旨
国が自衛隊員に対して負う安全配慮義務は、支配管理する人的・物的環境から生じる危険の防止義務を指し、操縦士が負うべき通常の操縦上の注意義務までは含まれない。
問題の所在(論点)
国が公務員(自衛隊員)に対して負う安全配慮義務の具体的内容、及び操縦士の過失に基づく事故が直ちに国の安全配慮義務違反を構成するか。
規範
国が公務員に対して負担する安全配慮義務は、国が公務遂行にあたって支配管理する人的及び物的環境から生じうべき危険の防止について、信義則上負担するものである。具体的には、①構造上の欠陥のない機体を提供し、整備を十全にして機体自体の危険を防止する義務、②適任な技能を有する操縦士を選任配置し、適切な航空交通管制を実施して運航の危険を防止する義務を含む。しかし、操縦者が法令等に基づき当然に負うべき「通常の操縦上の注意義務」や、人的・物的条件の整備とは無関係に「搭乗員を安全に輸送すべき義務」までは含まれない。
重要事実
自衛隊員が公務として自衛隊機に搭乗していた際、航空事故が発生し死亡した。遺族(上告人)は、国が安全配慮義務に違反したとして損害賠償を請求した。原審は、本件事故の原因は操縦士の「通常の操縦上の注意義務違反」によるものであり、国が管理すべき人的・物的環境の不備(機体の整備不良や操縦士の選任ミス等)には当たらないと認定した。
あてはめ
安全配慮義務の対象は、国が支配管理する「環境」に起因する危険の防止に限定される。本件において、国は適切な機体の提供や適任者の選任配置といった環境整備義務を尽くしていたと解される。事故の原因となった操縦士の個別の操縦ミスは、環境整備とは無関係な「通常の操縦上の注意義務」の範疇に属するものであり、これを直ちに国の信義則上の安全配慮義務違反と評価することはできない。
結論
本件事故は操縦士の通常の操縦上の注意義務違反によって発生したものであり、国に安全配慮義務違反はない。
実務上の射程
安全配慮義務と不法行為責任(使用者責任)の峻別を示す。国の安全配慮義務は、制度や設備といった「管理環境」の瑕疵を問うものであり、履行補助者の軽微な操作ミスや注意欠陥そのものを安全配慮義務違反と構成することには慎重な立場をとっている。答案上は、安全配慮義務の根拠を「信義則」に求めつつ、その内容を「人的・物的環境の整備」に限定して論じる際に用いる。
事件番号: 昭和54(オ)903 / 裁判年月日: 昭和56年2月16日 / 結論: 棄却
国の国家公務員に対する安全配慮義務違反を理由として国に対し損害賠償を請求する訴訟においては、原告が、右義務の内容を特定し、かつ、義務違反に該当する事実を主張・立証する責任を負う。