建物所有を目的とする土地賃貸借の賃借人が、賃借地上の建物に登記をしていないため、賃借地を買い受けた者に対し、形式的には、その賃借権をもつて対抗することができない場合であつても、右登記をしていなかつたことに宥恕されるべき事情があり、また、土地の買受人が、賃借権に対抗力のないことを奇貨として、賃借人に対し土地の明渡しを求めるなど自己の利益を図る目的で、当該賃借地を買い受けたような事情があるときは、買受人の賃借人に対する土地明渡請求は、権利濫用として許されない。
対抗力を具備しない土地賃借権者に対する建物収去土地明渡請求が権利濫用と認められる場合
民法1条,建物保護に関する法律1条
判旨
建物の所有を目的とする土地賃貸借において、賃借人が建物登記を欠き対抗力を有しない場合であっても、登記欠缺に宥恕すべき事情があり、かつ土地買受人が対抗力の欠如を奇貨として不当な利益を図る目的で買い受けたときは、その明渡請求は権利の濫用として許されない。
問題の所在(論点)
建物所有目的の土地賃借人が借地借家法(旧建物保護法)上の対抗要件を備えていない場合、土地の買受人による土地明渡請求が権利の濫用となるか。特に、買受人が対抗力の欠缺を奇貨として低価で買い受けた場合の判断枠組みが問題となる。
規範
土地賃借権が対抗力を欠く場合であっても、以下の要件を満たすときは、土地買受人による明渡請求は権利の濫用(民法1条3項)となる。(1)賃借人側において建物登記をしていなかったことに宥恕されるべき事情があること。(2)土地買受人が、賃借権に対抗力のないことを奇貨として、賃借人に対し土地の明渡しを求めるなど自己の利益を図る目的で当該土地を買い受けたこと。これらを総合判断し、所有権の行使が正当な範囲を逸脱しているかを決する。
重要事実
上告人Aは、昭和22年頃から本件土地を建物所有目的で賃借し旧建物を所有していたが、その登記は未了であった。被上告人は、不動産取引業者の代表取締役かつ宅建主任者であり、昭和38年に本件土地を買い受けた。その買受価格は約16、7万円であり、賃借権の負担がある土地としての適正取引価格(約30万円)と比較しても著しく低価であった。被上告人はAに対し、土地の明渡しを求めて提訴した。
事件番号: 昭和31(オ)465 / 裁判年月日: 昭和32年12月3日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】借地上の建物について登記が存在しない場合には、「建物保護ニ関スル法律」1条による対抗力は認められない。また、建物の収去を求める請求が権利の乱用とされるか否かは、事案の具体的経緯に照らして慎重に判断されるべきである。 第1 事案の概要:上告人は土地を賃借しその上に建物を所有していたが、当該建物につい…
あてはめ
被上告人は不動産取引の専門家であり、建物登記の欠缺を知り得る立場にあった。また、賃借権負担付の適正価格よりさらに安価に買い受けていることから、対抗力のなさを奇貨として自己の利益を図る目的があった疑いが強い。これに加え、Aが登記を失念していたことに宥恕すべき事情があるか、被上告人の買受けの必要性や提訴に至る経緯を審理すべきである。これらを尽くさずに所有権に基づく請求を認容した原判決には、権利濫用の法理の適用誤りがある。
結論
被上告人による明渡請求が権利の濫用に該当する可能性があるため、審理を尽くさせるべく原判決を破棄し、差し戻す。
実務上の射程
対抗力を欠く賃借人に対し、民法177条の「第三者」の範囲を絞るのではなく、権利濫用(1条3項)という一般的枠組みで救済を図った判例。答案では、対抗力の欠缺により形式上は明渡義務を負うことを前提とした上で、買受人の主観(背信性)や価格の低廉性、賃借人側の帰責性(宥恕可能性)を具体的事実として摘示し、請求の拒絶を論じる際に用いる。
事件番号: 昭和39(オ)283 / 裁判年月日: 昭和41年7月15日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】賃借権に抗弁権がないことを奇貨として、専ら嫌がらせや報復の目的で土地を買収し、建物収去土地明渡を求める権利行使は、所有権の濫用(民法1条3項)にあたり許されない。 第1 事案の概要:被上告人は本件土地所有者との間に安定した賃借権を有し、土地の買受け交渉中であった。しかし、上告人はこれを知りながら、…
事件番号: 昭和44(オ)818 / 裁判年月日: 昭和44年11月21日 / 結論: 棄却
土地の買受人が、地上に自己の親族が賃借人として建物を所有し営業していることを知つて、賃借権付評価額以下の価額で右土地を取得しながら、右賃借権の対抗力の欠如を奇貨として、賃借人の営業上多大な損失を意に介せず、賃借人に対して建物収去土地明渡を請求するときは、該請求は権利の濫用として許されない。
事件番号: 昭和30(オ)875 / 裁判年月日: 昭和32年11月1日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】土地の賃借権者が建物保存登記を備える前に土地の所有権を取得した第三者に対し、特段の事情がない限り賃借権を対抗できず、当該第三者からの土地明渡請求が当然に権利濫用となるわけではない。 第1 事案の概要:被上告人(買主)は、昭和24年5月30日に本件土地を買い受け、同日所有権移転登記を完了した。一方、…