農地法五条の知事の許可を要する農地の売買契約で解約手附が授受された場合において、買主が残代金全額を支払いのため売主に提供したときは、それが知事の許可を受ける前であつても、民法五五七条一項にいう「契約ノ履行ニ著手」したときにあたる。
農地の売買につき民法五五七条にいう履行の着手があつたとされた事例
民法557条1項,農地法5条
判旨
農地の売買契約において、都道府県知事の許可を得る前であっても、買主が残代金の全額を支払いのために提供した場合には、民法557条1項にいう「履行の着手」に該当する。
問題の所在(論点)
農地法上の許可を停止条件とする農地の売買契約において、知事の許可が得られる前に買主が行った「残代金全額の支払いの提供」が、民法557条1項にいう「履行の着手」に該当するか。
規範
民法557条1項にいう「履行の着手」とは、債務の内容たる給付の実行に不可欠な前提行為を行う等、客観的に外部から認識し得る形で履行の一部をなし、又は履行の提供をするために欠くことのできない前提行為をしたことを指す。売買契約において、代金の支払いのためにその全額を提供することは、特段の事情のない限りこれに該当する。
重要事実
上告人(売主)と被上告人(買主)との間で農地の売買契約が締結された。当該農地の移転には農地法に基づく知事の許可が必要であったが、その許可が得られる前の段階において、買主は売主に対し、残代金の全額を支払いのために提供した。その後、売主は手付金の倍額を償還することにより契約の解除を主張した。
事件番号: 昭和42(オ)1415 / 裁判年月日: 昭和43年6月21日 / 結論: 棄却
農地法第五条の知事の許可を要する農地の売買契約で解約手附が授受された場合において、売主および買主が連署のうえ同条による許可申請書を知事あてに提出したときは、特約その他特別の事情のないかぎり、売主および買主は、民法第五五七条第一項にいう「契約ノ履行ニ著手」したものと解すべきである。
あてはめ
本件において、買主は残代金全額を支払いのために提供している。これは債務の本旨に従った履行の提供であり、客観的に外部から認識し得る履行の着手といえる。農地法上の許可は所有権移転の効力発生要件ではあるが、契約自体は成立しており、許可前であっても代金支払の提供をすることは債務の履行に向けられた確定的な行為と評価される。したがって、売主による手付解除がなされる前に、既に「履行の着手」があったと解される。
結論
買主による残代金全額の提供は履行の着手に該当するため、その後の売主による手付解除は認められない。
実務上の射程
手付解除の可否を判断する際の「履行の着手」の時期に関する基本判例である。農地売買のように行政上の許可が必要な事案であっても、許可前に行われた代金提供が履行の着手になり得ることを示しており、答案上は許可の有無にかかわらず、当該行為が「客観的に外部から認識し得る履行の提供」といえるかを検討する際に引用すべきである。
事件番号: 昭和29(オ)361 / 裁判年月日: 昭和30年12月26日 / 結論: 棄却
賃借人の居住する家屋の売買で、売主が賃借人に家屋の明渡をなさしめた上これを買主に引渡す約定のある場合、買主が、しばしば売主に対し、賃借人に家屋の明渡をなさしめてこれが引渡をなすべきことを督促し、その間常に残代金を用意し、明渡があればいつでもその支払をなし得べき状態にあつた上、売主が、買主とともに賃借人方に赴き売買の事情…
事件番号: 昭和39(オ)694 / 裁判年月日: 昭和41年1月21日 / 結論: 破棄差戻
履行期の約定がある場合であつても、当事者が債務の履行期前には履行に着手しない旨合意している等格別の事情のないかぎり、右履行期前に民法第五五七条第一項にいう履行に着手することができないものではない。
事件番号: 昭和37(オ)760 / 裁判年月日: 昭和40年11月24日 / 結論: 棄却
一 解約手附の授受された第三者所有の不動産の売買契約において、売主が、右不動産を買主に譲渡する前提として、当該不動産につき所有権を取得し、かつ、自己名義の所有権取得登記を得た場合には、民法五五七条第一項にいう「契約ノ履行ニ著手」したときにあたるものと解するのを相当する。 二 解約手附の授受された売買契約において、当事者…
事件番号: 昭和55(オ)469 / 裁判年月日: 昭和57年6月17日 / 結論: 破棄差戻
農地の買主が約定の履行期後売主に対してしばしば履行を催告し、その間農地法三条所定の許可がされて所有権移転登記手続をする運びになればいつでも残代金の支払をすることができる状態にあつたときは、現実に残代金を提供しなくても、民法五五七条一項にいわゆる「契約の履行に着手」したものと認めるのが相当である。