履行期の約定がある場合であつても、当事者が債務の履行期前には履行に着手しない旨合意している等格別の事情のないかぎり、右履行期前に民法第五五七条第一項にいう履行に着手することができないものではない。
民法第五五七条第一項にいう履行の着手と履行期の約定
民法557条1項
判旨
民法557条1項の「履行の着手」とは、客観的に外部から認識し得る形で履行行為の一部をなし、または履行の提供に欠くことのできない前提行為をすることを指す。履行期の定めがある場合でも、特段の事情がない限り、履行期前であっても履行の着手に当たり得る。
問題の所在(論点)
手付による解除を制限する「履行の着手」(民法557条1項)について、履行期の定めがある場合に、履行期前の行為であっても履行の着手と認められるか。
規範
民法557条1項にいう「履行の着手」とは、債務の内容たる給付の実行に着手すること、すなわち、客観的に外部から認識し得るような形で履行行為の一部をなし、または、履行の提供をするために欠くことのできない前提行為をすることをいう。債務に履行期の約定がある場合であっても、当事者が履行期前には履行に着手しない旨を合意している等の格別の事情のない限り、履行期前であっても履行の着手は生じ得る。
重要事実
買主(上告人)と売主との間で売買契約が締結され、手付金が交付された。その後、買主は売買代金の提供を行ったが、この提供が行われた時点において、契約で定められた履行期が既に到来していたか否かが争点となった。原審は、代金提供が履行の着手となるためには履行期が到来している必要があるとし、履行期到来の立証がないとして、履行の着手を否定した。
事件番号: 昭和29(オ)361 / 裁判年月日: 昭和30年12月26日 / 結論: 棄却
賃借人の居住する家屋の売買で、売主が賃借人に家屋の明渡をなさしめた上これを買主に引渡す約定のある場合、買主が、しばしば売主に対し、賃借人に家屋の明渡をなさしめてこれが引渡をなすべきことを督促し、その間常に残代金を用意し、明渡があればいつでもその支払をなし得べき状態にあつた上、売主が、買主とともに賃借人方に赴き売買の事情…
あてはめ
履行の着手は、債務の給付実行に向けた客観的な外部的行為の有無によって判断されるべき性質のものである。本件において、買主がなした売買代金の提供という行為は、債務の内容たる給付そのもの、あるいは履行の提供に欠かせない前提行為といえる。したがって、たとえ履行期が到来していなかったとしても、当事者間に履行期前の着手を禁止する合意等の格別の事情がない限り、直ちに履行の着手を否定することはできない。原審が「履行期が到来していること」を一律に要件とした点は、同条の解釈を誤っている。
結論
履行期前であっても、客観的に履行行為の一部または前提行為がなされれば「履行の着手」に該当し得る。履行期未到来を理由に直ちに履行の着手を否定した原判決は破棄される。
実務上の射程
手付解除の可否が争われる場面において、履行期未到来の時点での行為(代金準備や一部支払い、測量への着手等)が「履行の着手」に該当するかを検討する際のリーディングケースである。「客観的外部認識性」と「不可欠な前提行為」という定義を示しつつ、期限の利益の放棄が原則として自由(136条2項)であることを背景に、履行期前着手の有効性を肯定する論理を展開する際に用いる。
事件番号: 昭和37(オ)760 / 裁判年月日: 昭和40年11月24日 / 結論: 棄却
一 解約手附の授受された第三者所有の不動産の売買契約において、売主が、右不動産を買主に譲渡する前提として、当該不動産につき所有権を取得し、かつ、自己名義の所有権取得登記を得た場合には、民法五五七条第一項にいう「契約ノ履行ニ著手」したときにあたるものと解するのを相当する。 二 解約手附の授受された売買契約において、当事者…
事件番号: 昭和51(オ)1287 / 裁判年月日: 昭和52年4月4日 / 結論: 棄却
農地法五条の知事の許可を要する農地の売買契約で解約手附が授受された場合において、買主が残代金全額を支払いのため売主に提供したときは、それが知事の許可を受ける前であつても、民法五五七条一項にいう「契約ノ履行ニ著手」したときにあたる。
事件番号: 平成1(オ)1004 / 裁判年月日: 平成5年3月16日 / 結論: 破棄自判
土地及び建物の買主が、履行期前において、土地の測量をし、残代金の準備をして口頭の提供をした上で履行の催告をしても、売主が移転先を確保するため履行期が約一年九か月先に定められ、右測量及び催告が履行期までになお相当の期間がある時点でされたなど判示の事実関係の下においては、右測量及び催告は、民法五五七条一項にいう履行の着手に…
事件番号: 昭和25(オ)69 / 裁判年月日: 昭和27年8月23日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】民法557条1項にいう「履行に着手」とは、債務の履行そのもの、または履行の一部をなすのに欠くことのできない前提行為を行うことを指し、山林の売買において目的物の実地引渡しがなされた場合はこれに該当する。 第1 事案の概要:上告人(買主)と被上告人(売主)との間で山林の売買契約が締結された。売買に際し…