土地及び建物の買主が、履行期前において、土地の測量をし、残代金の準備をして口頭の提供をした上で履行の催告をしても、売主が移転先を確保するため履行期が約一年九か月先に定められ、右測量及び催告が履行期までになお相当の期間がある時点でされたなど判示の事実関係の下においては、右測量及び催告は、民法五五七条一項にいう履行の着手に当たらない。
買主が履行期前にした土地の測量及び履行の催告が民法五五七条一項にいう履行の着手に当たらないとされた事例
民法557条1項
判旨
民法557条1項の「履行の着手」とは、客観的に外部から認識し得る形で債務の履行行為の一部をなし、又は履行のために欠くことのできない前提行為をしたことをいう。債務者が履行期前にした行為がこれに当たるかは、行為の態様、債務の内容、履行期の趣旨・目的等を総合勘案して判断すべきである。
問題の所在(論点)
買主による履行期前の「土地の実測」および「口頭の提供による履行の催告」が、民法557条1項の「履行の着手」に該当し、売主による手付解除を封じるか。
規範
「履行の着手」とは、債務の内容たる給付の実行に着手すること、すなわち客観的に外部から認識し得る形で履行行為の一部をなし、又は履行のために欠くことのできない前提行為をすることを指す。履行期前の行為については、①当該行為の態様、②債務の内容、③履行期が定められた趣旨・目的等を総合勘案して決すべきであり、単なる履行の準備や口頭の提供では足りない場合がある。
重要事実
売主Dは、買換資金調達のため、買主Xとの間で本件土地建物の売買契約を締結し、Xは手付金100万円を支払った。契約には、Xの費用で土地を実測し代金を清算する旨の特約と、Dの転居先確保のため、残金支払期日を約1年9か月後とするがDの希望物件が決まれば期限を繰り上げる旨の特約があった。Xは契約直後に実測を行い、代金総額を確定させた。その後、地価高騰によりDが契約解消を求めたのに対し、Xは「残代金をいつでも支払える」旨を通知(口頭の提供)して履行を請求した。Dは手付倍返しによる解除を主張した。
事件番号: 昭和39(オ)694 / 裁判年月日: 昭和41年1月21日 / 結論: 破棄差戻
履行期の約定がある場合であつても、当事者が債務の履行期前には履行に着手しない旨合意している等格別の事情のないかぎり、右履行期前に民法第五五七条第一項にいう履行に着手することができないものではない。
あてはめ
まず、土地の実測は、最終的な売買代金額を確定させるための行為であり、契約内容を確定させる必要はあるものの、買主の債務(代金支払)そのものの履行ではない。次に、書面による履行の催告(口頭の提供)について、本件の最終履行期は契約から約1年9か月後と長期間に設定されており、これは売主の住居買換えという死活的に重要な目的のための猶予期間である。このような特異な履行期の定めの趣旨に照らせば、履行期まで1年以上ある段階での単なる口頭の提供は、履行行為としての客観性に欠ける。したがって、いずれの行為も履行の着手には当たらないと評価される。
結論
Xの行為は「履行の着手」に当たらないため、Dによる手付解除は有効であり、Xの請求は棄却される。
実務上の射程
履行期前の行為であっても履行の着手を認め得る余地を残しつつ、特に長期間の履行期が設定されている場合には、その趣旨(売主の利益等)を重視して慎重に判断する枠組みを示した。答案上は、単なる準備行為か、客観的・外部的な履行の一部着手といえるかを、契約の具体的背景から論じる際の指針となる。
事件番号: 昭和55(オ)469 / 裁判年月日: 昭和57年6月17日 / 結論: 破棄差戻
農地の買主が約定の履行期後売主に対してしばしば履行を催告し、その間農地法三条所定の許可がされて所有権移転登記手続をする運びになればいつでも残代金の支払をすることができる状態にあつたときは、現実に残代金を提供しなくても、民法五五七条一項にいわゆる「契約の履行に着手」したものと認めるのが相当である。
事件番号: 昭和24(オ)189 / 裁判年月日: 昭和26年11月15日 / 結論: 棄却
家屋の買主が、約定の明渡期限後売主に対ししばしば明渡を求め、かつ、売主が明渡をすればいつでも約定残代金の支払をなし得べき状態にあつたときは、現実に右代金の提供をしなくても、民法第五五七条にいわゆる「契約ノ履行ニ著手」したものと認められる。
事件番号: 昭和50(オ)228 / 裁判年月日: 昭和50年6月27日 / 結論: 棄却
売買契約の買主が口頭で代金の受領を求める旨の催告を売主の同居する家族で通常人の理解能力を有する者に対してした場合には、右催告は、売主本人に到達したものと解すべきである。
事件番号: 昭和43(オ)3 / 裁判年月日: 昭和44年5月30日 / 結論: 棄却
一、契約に履行期の約定がある場合であつても、当事者がその履行期前には契約の履行に着手しない旨の合意をしている等特別の事情のないかぎり、その履行期前に民法五五七条一項にいう契約の履行に着手することができないものではない。 二、土地の買主がその売買代金の支払のため銀行支払保証小切手を提供した場合は、右規定にいう契約の履行に…