一、契約に履行期の約定がある場合であつても、当事者がその履行期前には契約の履行に着手しない旨の合意をしている等特別の事情のないかぎり、その履行期前に民法五五七条一項にいう契約の履行に着手することができないものではない。 二、土地の買主がその売買代金の支払のため銀行支払保証小切手を提供した場合は、右規定にいう契約の履行に着手した場合にあたるというべきである。
一、民法五五七条一項にいう契約の履行の着手と履行期の約定 二、右規定にいう契約の履行の着手にあたるとされた事例
民法557条1項
判旨
売買契約において履行期の定めがある場合でも、特段の事情がない限り履行期前の履行着手は可能であり、買主が残代金支払のために支払保証小切手を提供した行為は、民法557条1項の「履行の着手」に該当する。
問題の所在(論点)
民法557条1項の「履行の着手」の意義、および履行期前における履行着手の可否が問題となる。
規範
売買契約に履行期の約定がある場合であっても、当事者が履行期前には履行に着手しない旨の合意をしている等の特別の事情のない限り、履行期前に民法557条1項にいう「履行の着手」をすることは妨げられない。また、同条にいう「着手」とは、客観的に外部から認識し得る形で債務の内容たる一部の履行をなし、または履行の提供をするために欠くことのできない前提行為をなすことをいう。
重要事実
買主Eと売主D(およびその承継人上告人ら)との間で、本件土地北側部分の売買契約が締結された。買主Eは、本件契約に基づく残代金の支払のために、銀行振出の金額420万円の支払保証小切手一通を売主側に提供した。この提供の時点で、契約上の履行期はすでに到来していたか、あるいは到来直前であった。その後、売主側は手付倍返しによる解約手付の行使を主張し、契約の解除を争った。
事件番号: 昭和50(オ)228 / 裁判年月日: 昭和50年6月27日 / 結論: 棄却
売買契約の買主が口頭で代金の受領を求める旨の催告を売主の同居する家族で通常人の理解能力を有する者に対してした場合には、右催告は、売主本人に到達したものと解すべきである。
あてはめ
まず、履行期の約定は債務者の利益のために定められるのが通常であり、履行期前着手を禁止する特約等の特別の事情がない限り、買主は履行期前であっても履行に着手できる。本件では、買主Eが銀行振出の支払保証小切手を提供した行為は、単なる準備行為を超え、債務の履行そのもの、あるいは履行に欠くことのできない前提行為を外部的に認識し得る形で行ったものといえる。したがって、この提供行為をもって「履行の着手」があったと評価される。
結論
買主が履行に着手した後は、売主は手付倍返しによる解除権を行使することはできない。本件小切手の提供は履行の着手に当たるため、その後の解除の意思表示は無効である。
実務上の射程
手付解除を阻止する「履行の着手」の時期について、履行期到来前に着手した場合でも有効であることを示したリーディングケースである。答案上は、履行期前着手の可否(原則肯定)と、小切手の提供等の具体的な行為が「着手」にあたるかの二段階で論じる際に活用できる。
事件番号: 昭和39(オ)694 / 裁判年月日: 昭和41年1月21日 / 結論: 破棄差戻
履行期の約定がある場合であつても、当事者が債務の履行期前には履行に着手しない旨合意している等格別の事情のないかぎり、右履行期前に民法第五五七条第一項にいう履行に着手することができないものではない。
事件番号: 昭和51(オ)1287 / 裁判年月日: 昭和52年4月4日 / 結論: 棄却
農地法五条の知事の許可を要する農地の売買契約で解約手附が授受された場合において、買主が残代金全額を支払いのため売主に提供したときは、それが知事の許可を受ける前であつても、民法五五七条一項にいう「契約ノ履行ニ著手」したときにあたる。
事件番号: 昭和29(オ)361 / 裁判年月日: 昭和30年12月26日 / 結論: 棄却
賃借人の居住する家屋の売買で、売主が賃借人に家屋の明渡をなさしめた上これを買主に引渡す約定のある場合、買主が、しばしば売主に対し、賃借人に家屋の明渡をなさしめてこれが引渡をなすべきことを督促し、その間常に残代金を用意し、明渡があればいつでもその支払をなし得べき状態にあつた上、売主が、買主とともに賃借人方に赴き売買の事情…
事件番号: 昭和55(オ)469 / 裁判年月日: 昭和57年6月17日 / 結論: 破棄差戻
農地の買主が約定の履行期後売主に対してしばしば履行を催告し、その間農地法三条所定の許可がされて所有権移転登記手続をする運びになればいつでも残代金の支払をすることができる状態にあつたときは、現実に残代金を提供しなくても、民法五五七条一項にいわゆる「契約の履行に着手」したものと認めるのが相当である。