売買契約の買主が口頭で代金の受領を求める旨の催告を売主の同居する家族で通常人の理解能力を有する者に対してした場合には、右催告は、売主本人に到達したものと解すべきである。
口頭による催告の到達が認められた事例
民法97条1項
判旨
売買代金の支払準備完了の通知および受領催告が、売主の同居家族に対して口頭でなされた場合、売主が内容を了知しうる状態に置かれたとして、意思表示の到達および「履行の着手」(民法557条1項)が認められる。また、履行期の定めがあっても、特段の事情がない限り履行期前の履行着手は妨げられない。
問題の所在(論点)
1. 売主の家族に対してなされた口頭の通知・催告が、売主本人に対する意思表示として「到達」したといえるか。2. 履行期の定めがある場合において、履行期前の行為が民法557条1項の「履行の着手」に該当するか。
規範
1. 意思表示の到達(民法97条1項)は、相手方がその内容を了知しうる客観的状態に置かれることをもって足りる。2. 民法557条1項にいう「履行の着手」とは、客観的に外部から認識し得る形で債務の履行行為の一部をなし、又は履行の提供をするために欠くことのできない前提行為をしたことを指す。履行期の定めがある場合であっても、当事者間に「履行期前には着手しない」旨の合意等の格別の事情がない限り、履行期前の着手も有効に成立する。
重要事実
買主(被上告人)は土地売買契約に基づき、履行期前であったが、売主(上告人)に対して代金支払の準備ができた旨を通知し、受領を求める催告を行った。この通知・催告は、売主本人ではなく、売主と同居する39歳の長女(通常人の理解能力を有する者)に対して口頭でなされた。その後、売主側は手付倍返しによる解除を主張した。
事件番号: 昭和43(オ)3 / 裁判年月日: 昭和44年5月30日 / 結論: 棄却
一、契約に履行期の約定がある場合であつても、当事者がその履行期前には契約の履行に着手しない旨の合意をしている等特別の事情のないかぎり、その履行期前に民法五五七条一項にいう契約の履行に着手することができないものではない。 二、土地の買主がその売買代金の支払のため銀行支払保証小切手を提供した場合は、右規定にいう契約の履行に…
あてはめ
1. 通知・催告を受けた長女は39歳であり通常人の理解能力を有している。同居家族である長女に伝達されたことは、売主本人がその内容を了知しうる状態に置かれたといえるため、本人への「到達」が認められる。2. 買主による残代金の提供(口頭の提供)は、履行に向けた具体的な行為であり「履行の着手」に該当する。本件では履行期前に着手しない旨の合意等の格別の事情は認められないため、履行期前であっても有効な着手となる。
結論
買主は履行に着手したといえるため、売主は手付倍返しによる契約解除をすることができない。
実務上の射程
手付解除の可否が争点となる事案において、履行期前の着手の有効性を論じる際のリーディングケースである。答案上では、代金支払の準備・催告(口頭の提供)が「着手」にあたることを前提に、①履行期前であること、②通知の相手方が家族であることという二点の障害事由を、本判例の論理(了知しうる状態、履行期前着手の原則有効)を用いて排除する形で構成する。
事件番号: 昭和55(オ)469 / 裁判年月日: 昭和57年6月17日 / 結論: 破棄差戻
農地の買主が約定の履行期後売主に対してしばしば履行を催告し、その間農地法三条所定の許可がされて所有権移転登記手続をする運びになればいつでも残代金の支払をすることができる状態にあつたときは、現実に残代金を提供しなくても、民法五五七条一項にいわゆる「契約の履行に着手」したものと認めるのが相当である。
事件番号: 昭和29(オ)361 / 裁判年月日: 昭和30年12月26日 / 結論: 棄却
賃借人の居住する家屋の売買で、売主が賃借人に家屋の明渡をなさしめた上これを買主に引渡す約定のある場合、買主が、しばしば売主に対し、賃借人に家屋の明渡をなさしめてこれが引渡をなすべきことを督促し、その間常に残代金を用意し、明渡があればいつでもその支払をなし得べき状態にあつた上、売主が、買主とともに賃借人方に赴き売買の事情…
事件番号: 昭和51(オ)1287 / 裁判年月日: 昭和52年4月4日 / 結論: 棄却
農地法五条の知事の許可を要する農地の売買契約で解約手附が授受された場合において、買主が残代金全額を支払いのため売主に提供したときは、それが知事の許可を受ける前であつても、民法五五七条一項にいう「契約ノ履行ニ著手」したときにあたる。
事件番号: 昭和37(オ)760 / 裁判年月日: 昭和40年11月24日 / 結論: 棄却
一 解約手附の授受された第三者所有の不動産の売買契約において、売主が、右不動産を買主に譲渡する前提として、当該不動産につき所有権を取得し、かつ、自己名義の所有権取得登記を得た場合には、民法五五七条第一項にいう「契約ノ履行ニ著手」したときにあたるものと解するのを相当する。 二 解約手附の授受された売買契約において、当事者…