不法行為により休業損害を被つた労災保険給付の受給権者が政府から休業補償としての保険給付を受ければ、保険受給権者の第三者に対する民法又は自動車損害賠償保障法に基づく休業損害の賠償請求権は、右給付金額の限度で政府により代位取得され、その分だけ減縮する。
不法行為により休業損害を被つた者が休業補償としての労災保険給付を受けた場合における第三者に対する民法又は自動車損害賠償保障法に基づく休業損害の賠償請求権の帰すう
民法709条,民法715条,自動車損害賠償保障法3条,労働者災害補償保険法12条の4
判旨
労災保険法に基づき休業補償給付を受けた場合、受給権者の第三者に対する損害賠償請求権は、給付額の限度で政府により代位取得され、その分だけ当然に減縮する。
問題の所在(論点)
労災保険給付がなされた場合に、被害者の加害者に対する損害賠償請求権が当然に減縮するか。また、受領した給付を借金返済に充てた場合に「受領」がないといえるか。
規範
労災保険の受給権者が政府から保険給付を受けたときは、その給付金額の限度において、受給権者が第三者に対して有する損害賠償請求権(民法または自賠法に基づくもの)は、政府により代位取得(労災保険法12条の4第1項等)される。その結果、被害者の加害者に対する賠償請求権は、当該給付相当額の範囲で当然に消滅し、減縮する。
重要事実
被害者(被上告人)は、本件事故による休業補償として、三鷹労働基準監督署長から労災保険法に基づき54万2150円の給付を受けた。しかし、被害者は休業中に勤務先から給料の前借りをしていたため、受領した給付金をそのまま会社への返済に充てた。原審は、被害者が現実に給付を受領したと認めるに足りる資料がないとして、加害者(上告人)側の損益相殺(控除)の主張を排斥したため、加害者が上告した。
あてはめ
証拠によれば、労働基準局長から加害者に対し、被害者へ保険給付を支払った旨の納入告知書が送付されている。また、被害者本人の供述によっても、給付を受領した上で会社への借金返済に充てたことが認められる。このように、給付を現実に受けられなかった特段の事情がない限り、給付を受領したものと解するのが経験則上相当である。そして、保険給付がなされた以上、政府がその額の限度で被害者の賠償請求権を代位取得するため、被害者の加害者に対する請求権は当然に減縮する。したがって、当該給付額を控除せずに全額の賠償を命じた原判決は失当である。
結論
労災保険給付がなされたときは、給付額の限度で賠償請求権は当然に減縮するため、損害額から控除すべきである。原判決中、当該給付相当額の支払を命じた部分は破棄を免れない。
実務上の射程
被害者が労災保険等の社会保険給付を「現実に受領」した場合には、損益相殺的な調整(代位による権利消滅)が行われることを示す射程の長い判例である。答案上は、不法行為の損害賠償額算定において、労災給付等の既払金がある場合に、二重の利得を否定する根拠として「当然に減縮する」との表現を用いる。既払いの事実に加え、代位の規定を介して請求権が消滅する論理を明示する際に有用である。
事件番号: 昭和37(オ)711 / 裁判年月日: 昭和38年6月4日 / 結論: 棄却
労災保険金の受給権者が第三者の自己に対する損害賠償債務の全部又は一部を免除したため、残存債務が保険給付額に達しないときは、政府は、その後保険給付をしても、保険給付と残存債務との差額については、労働者災害補償保険法第二〇条第一項による損害賠償請求権を取得しない。
事件番号: 昭和59(オ)3 / 裁判年月日: 平成元年4月27日 / 結論: 破棄自判
労働者の業務上の災害に関して損害賠償債務を履行した使用者は、賠償された損害に対応する労働者災害補償保険法に基づく保険給付請求権を代位取得しない。