労災保険金の受給権者が第三者の自己に対する損害賠償債務の全部又は一部を免除したため、残存債務が保険給付額に達しないときは、政府は、その後保険給付をしても、保険給付と残存債務との差額については、労働者災害補償保険法第二〇条第一項による損害賠償請求権を取得しない。
労災保険金の受給権者が損害賠償債務を免除した後の保険金給付と労働者災害補償保険法第二〇条第一項の適用の有無。
労働者災害補償保険法20条
判旨
被災労働者が第三者に対して有する損害賠償請求権を保険給付前に放棄した場合、政府はその限度で保険給付義務を免れ、後の給付に基づく代位取得も認められない。
問題の所在(論点)
被災労働者が保険給付を受ける前に第三者(加害者側)に対して損害賠償請求権を放棄した場合、政府はなお保険給付を行った上で、当該請求権を代位取得できるか(労災保険法20条1項・2項の解釈)。
規範
1. 労働者の第三者に対する損害賠償請求権は通常の不法行為債権であり、私法自治の原則上、労働者はこれを自由に免除し得る。2. 労災保険法20条の趣旨は、損害の二重補填防止にある。3. 労働者が損害賠償請求権を免除したときは、政府は同法20条2項の類推解釈によりその限度で保険給付義務を免れる。4. すでに消滅した債権について、後の保険給付により政府が法定代位(同法20条1項)する余地はない。
重要事実
被災労働者Dは、第三者の加害行為による災害につき、加害者の使用者である被上告人との間で示談を成立させた。示談の内容は、自動車損害保険金のほか慰謝料等2万円を受領することで満足し、その余の賠償請求権一切を放棄するというものであった。D本人もこれを了承し、放棄は真意に基づくものであった。その後、政府(上告人)がDに対し労災保険給付を行ったため、政府が被上告人に対し、労災保険法20条1項に基づき代位取得した損害賠償請求権の支払いを求めて提訴した。
事件番号: 昭和38(オ)700 / 裁判年月日: 昭和41年6月7日 / 結論: その他
一 労災保険金の受給権者が第三者の自己に対する損害賠償債務を免除することによつて残債務が消滅したような場合には、政府は、その後保険給付をしても、その給付額につき労働者災害補償保険法第二〇条第一項により損害賠償請求権を取得しない(最高裁昭和三七年(オ)第七一一号、同三八年六月四日第三小法廷判決、民集一七巻五号七一六頁参照…
あてはめ
Dは本件保険給付がなされる前に、被上告人との間で残余の賠償請求権を放棄する旨の示談を成立させている。この放棄は、額がいささか過少であるとしてもDの真意に出たものと認められ、公序良俗違反等の無効事由も存在しない。したがって、私法自治の原則に基づき、Dの被上告人に対する損害賠償請求権は示談により有効に消滅している。請求権が消滅した以上、その後に政府が保険給付を行っても、代位の対象となる債権が存在しないため、政府が求償権を取得することはない。
結論
政府は保険給付の限度で給付義務を免れ、代位取得も認められない。上告棄却。
実務上の射程
被災労働者が先行して示談・放棄を行った場合の政府の免責と代位の成否を判断した重要判例である。答案上は、債権が既に消滅しているため代位の客体が欠けるという理屈を端的に示す際に用いる。ただし、労働者の真意に基づかない不用意な示談については、認定を厳格に行うべき(錯誤・詐欺の検討)との留保がある点に注意を要する。
事件番号: 昭和38(オ)1035 / 裁判年月日: 昭和41年12月1日 / 結論: その他
一 加害者である第三者が被災労働者に支払つた慰藉料は、使用者が労働基準法に基づいて被災労働者に支払うべき災害補償の額に影響を及ぼさない。 二 労働基準法第七五条に基づく使用者の療養補償債務は、少なくとも、当該補償の事由が生じた月の末日の経過とともに履行遅滞となるものと解すべきである。 三 労働基準法第七六条に基づく使用…