一、運送保険の被保険者である荷送人が、保険金の支払を受ける前に、商法第六六二条所定の保険者代位の対象となるべき運送人に対する損害賠償請求権を放棄した場合には、右運送保険の保険者は、右放棄にかかる損害賠償請求権の金額の限度において、保険金の支払義務を免れるものと解すべきである。 二、荷送人が、運送契約の締結の際に、運送人に対し、運送品の運送中の事故に関する運送保険契約を締結するよう申し出るとともに、右事故による損害は右保険契約に基づいて支払われる保険金のみをもつて填補することを約したと認められる場合でも、特段の事情のないかぎり、右事実関係だけから、荷送人が運送人に対し右事故による一切の損害の賠償請求権を放棄する旨の意思表示をしたものと解することは経験則に違背し、右判断には理由不備の違法がある。
一、運送保険の被保険者である荷送人が保険金の支払を受ける前に運送人に対する損害賠償請求権を放棄した場合と右運送保険の保険者の保険金支払義務 二、荷送人が運送人に対する損害賠償請求権を放棄した旨の判断に経験則違背・理由不備の違法があるとされた事例
商法629条,商法662条,民法519条,民訴法185条,民訴法395条1項6号
判旨
運送保険契約の保険金のみで損害を填補し運送人がそれ以外の責任を負わない旨の合意があっても、直ちに荷送人が一切の損害賠償請求権を予め放棄したと解すべきではない。保険金の支払前に賠償請求権を放棄すれば、商法上の保険者代位を妨げ保険金支払義務をも免れさせるという荷送人に極めて不利益な結果を招くため、放棄の認定には特段の事情を要する。
問題の所在(論点)
荷送人と運送人の間で「保険金のみで損害を填補し、運送人は保険料支払以外に責任を負わない」旨の了承があった場合、荷送人が運送人に対し「一切の損害賠償請求権を予め放棄」したと認められるか。特に、保険者代位(商法662条)との関係で、放棄の意思表示をどのように解釈すべきか。
規範
運送保険契約の被保険者(荷送人)は、保険金の支払を受ける前であれば運送人に対する損害賠償請求権を放棄できる。しかし、当該放棄によって保険者が代位取得すべき権利を失わせた場合、保険者はその限度で保険金支払義務を免れる。したがって、荷送人が保険金さえ受け取れなくなるという不利益を甘受して賠償請求権を予め放棄することは、経験則上、特段の事情がない限り認められない。そのような趣旨の合意があったとしても、特段の事情がなければ、保険金の支払を確定的に受けられることを条件に、保険金額を超える損害部分の賠償請求権のみを放棄する趣旨と解すべきである。
重要事実
運送人である被上告人は資本金が少なく賠償能力に欠けていたため、高価な機械の運送に際し、荷送人負担で運送保険を締結し、事故の際は保険金のみで填補し運送人は責任を負わないとの運用をしていた。荷送人D社も本件研磨機(時価500万円)の運送委託にあたり、この趣旨を了承して保険金額400万円の保険を締結した。その後事故が発生し、上告人(D社と別の保険契約を締結していた保険会社)がD社に保険金を支払い、運送人へ代位行使したところ、運送人はD社が予め賠償請求権を放棄していたと主張した。
あてはめ
D社が予め一切の賠償請求権を放棄したとすれば、保険会社は代位すべき権利を失い、D社への保険金支払義務を免れることになる。その結果、D社は運送人からも保険会社からも填補を受けられず、損害を全額自己負担するという極めて不利益な状況に陥る。本件では、D社が別の保険を追加で締結するなど損害填補を重視していた事実に照らせば、このような不利益を甘受する特段の事情は認められない。したがって、D社の意思表示は、せいぜい保険金額を超える部分についての放棄にとどまり、全額の放棄とは解されない。
結論
特段の事情がない限り、荷送人が一切の損害賠償請求権を放棄したとは認められない。本件合意は、保険金で填補される限度での免責を定めたものにすぎず、全額の権利放棄を認めた原審の判断は経験則に反する。
実務上の射程
保険が絡む紛争において「責任を負わない」という文言の合意がある場合、形式的に権利放棄と捉えるのではなく、保険者代位への影響や経済的不利益を考慮して限定的に解釈すべきとする判断枠組みとして活用できる。特に意思表示の解釈において経験則を用いた規範定立の例として重要である。
事件番号: 昭和37(オ)711 / 裁判年月日: 昭和38年6月4日 / 結論: 棄却
労災保険金の受給権者が第三者の自己に対する損害賠償債務の全部又は一部を免除したため、残存債務が保険給付額に達しないときは、政府は、その後保険給付をしても、保険給付と残存債務との差額については、労働者災害補償保険法第二〇条第一項による損害賠償請求権を取得しない。