交通事故による全損害を正確に把握し難い状況のもとにおいて、早急に、小額の賠償金をもつて示談がされた場合において、右示談によつて被害者が放棄した損害賠償請求は、示談当時予想していた損害についてのみと解すべきであつて、その当時予想できなかつた後遺症等については、被害者は、後日その損害の賠償を請求することができる。
示談当時予想しなかつた後遺症等が発生した場合と示談の効力
民法709条,民法695条,民法696条
判旨
不法行為の示談において被害者が残余の請求権を放棄した場合でも、その効力は原則として示談当時予想できた損害にのみ及び、当時予想できなかった不測の損害には及ばない。
問題の所在(論点)
示談契約における「一切の請求を申し立てない」との条項(権利放棄条項)の効力が、示談当時に予想できなかった後遺症等の損害にも及ぶか。示談契約の解釈(当事者の意思表示の範囲)が問題となる。
規範
不法行為の示談において、被害者が一定額の支払いで満足し残余の請求権を放棄した場合、原則として事後に示談額を上回る損害を請求できない。しかし、全損害を正確に把握し難い状況下で早急に少額の示談がなされた場合、放棄された請求権は「示談当時予想していた損害」に関するものに限定される。当時予想し得なかった不測の再手術や後遺症等の損害まで放棄したと解することは、当事者の合理的意思に反するため許されない。
重要事実
被害者Dは左前腕骨複雑骨折の傷害を負い、当初は全治15週間の比較的軽微なものと診断されていた。事故後わずか10日(入院中)に、加害者会社との間で、自動車損害賠償保険金10万円を受け取る代わりに今後一切の請求をしない旨の示談を成立させた。しかし、事故1か月以上経過後に予期せぬ重傷であることが判明し、再手術を経て左前腕関節の機能障害という後遺症が残り、損害額は合計77万余円に達した。
あてはめ
本件示談は事故直後10日という極めて早期になされ、Dは医師の初期診断に基づき損害を軽微と考え、全損害を正確に把握し難い状況にあった。示談金の10万円は自賠責保険金の範囲内という少額であり、その後の再手術や関節機能喪失という重大な後遺症は、示談当時に予想し得なかった不測の事態といえる。このような後遺障害による損害まで放棄する意思があったと解するのは、当事者の合理的解釈として認められない。したがって、放棄の効力は予想外の損害には及ばないというべきである。
結論
示談当時予想できなかった後遺症等の損害については、示談における権利放棄条項の効力は及ばず、被害者は別途損害賠償を請求できる。
実務上の射程
契約解釈の手法により示談の効力を制限した判例である。答案上は、示談の存在が抗弁として主張された際、再反論として「示談の対象外」であることを論じる際に用いる。考慮要素として、①示談の時期(早期か)、②損害把握の困難性、③示談金額の低廉性、④後遺症等の重大性と予見不能性を指摘することが重要である。
事件番号: 昭和39(オ)538 / 裁判年月日: 昭和43年4月11日 / 結論: その他
母の身体侵害を理由とする子の慰藉料請求と右身体侵害に基づく母の生命侵害を理由とする子の慰藉料請求とは、同一性がなく、前者に関する調停が成立した後母が死亡した場合には、特別の事情のないかぎり、その調停が後者をも含むと解することはできない。
事件番号: 昭和39(オ)1430 / 裁判年月日: 昭和40年9月14日 / 結論: 棄却
民法第七一五条の使用者の損害賠償義務と加害者(被用者)本人の損害賠償義務とはいわゆる不真正連帯債務の関係にあるにすぎないから、加害者本人と被害者間の示談契約によつては、使用者は事故による損害賠償義務を免れるものではないと解するのが相当である。