母の身体侵害を理由とする子の慰藉料請求と右身体侵害に基づく母の生命侵害を理由とする子の慰藉料請求とは、同一性がなく、前者に関する調停が成立した後母が死亡した場合には、特別の事情のないかぎり、その調停が後者をも含むと解することはできない。
母の受傷を理由とする子の慰藉料請求について調停が成立した後母が死亡した場合とその死亡を理由とする子の慰藉料請求権
民法709条,民法710条,民法711条,民事調停法19条,民訴法203条,民訴法199条1項
判旨
交通事故の損害賠償につき、受傷後の調停等で「その余の請求を放棄する」との合意がなされた場合でも、その時点で予想できなかった死亡による慰謝料請求は当然には放棄の対象に含まれない。これを放棄したとみなすには、死亡が必至であり、当事者がその死亡を予想して合意したといった特別の事情が必要である。
問題の所在(論点)
不法行為に基づく損害賠償の合意においてなされた「一切の請求権の放棄」条項の効力が、合意当時に予期していなかった後日の「死亡」による慰謝料請求権にまで及ぶか。
規範
身体侵害による慰謝料請求権と生命侵害(死亡)による慰謝料請求権は、被侵害利益を異にする別個の請求権である。したがって、同一の原因事実に基づく場合であっても、既になされた損害賠償に関する合意(放棄条項等)の効力が死亡慰謝料に及ぶためには、合意当時、後日の死亡が全く予想されなかった場合には、原則として放棄の対象に含まれない。合意に死亡慰謝料を含めるには、①受傷が致命的かつ不可回復的で死亡が殆ど必至であったこと、②当事者が死亡を予想して合意したこと等の「特別の事情」を要し、かつその内容が公序良俗に反しないことが必要である。
重要事実
被害者Eは、加害者の使用人が運転するオートバイと衝突して負傷した。Eおよびその親族(上告人を含む)は、加害者との間で損害賠償調停を行い、加害者が5万円を支払い、申立人ら(Eら)は「その余の請求を放棄する」旨の調停が成立した。しかし、調停成立から約10ヶ月後、Eは当該負傷が原因で死亡した。そのため、親族である上告人が、Eの死亡を理由とする慰謝料等の支払いを求めて提訴したところ、原審は前記調停の放棄条項に抵触するとして請求を棄却した。
あてはめ
本件において、調停当時はEは生存しており、自らも申立人となって5万円という少額の賠償額で合意している。Eの死亡は調停成立から約10ヶ月後であり、調停当時に死亡が全く予想されていなかったならば、身体侵害による慰謝料と生命侵害による慰謝料は同一性を有しない。原審は、Eの受傷が致命的であったか、死亡が必至として予想されていたかといった「特別の事情」を認定せずに、一律に調停の効力が死亡慰謝料に及ぶとした。これは、不法行為における損害の予見可能性と合意の解釈を誤った審理不尽・理由不備があるといえる。
結論
死亡による慰謝料請求を排斥した原判決の部分を破棄し、当該事項についてさらに審理を尽くさせるため、本件を差し戻す。
実務上の射程
示談や調停における「清算条項(放棄条項)」の射程が争点となる事案で活用する。特に、示談後に後遺症が発生したり死亡したりした場合の追加請求の可否について、合意当時の「予見可能性」と「特別の事情」の有無を判断枠組みとして提示する際に引用すべき判例である。
事件番号: 昭和39(オ)1430 / 裁判年月日: 昭和40年9月14日 / 結論: 棄却
民法第七一五条の使用者の損害賠償義務と加害者(被用者)本人の損害賠償義務とはいわゆる不真正連帯債務の関係にあるにすぎないから、加害者本人と被害者間の示談契約によつては、使用者は事故による損害賠償義務を免れるものではないと解するのが相当である。
事件番号: 昭和31(オ)215 / 裁判年月日: 昭和33年8月5日 / 結論: 棄却
不法行為により身体を害された者の母は、そのために被害者が生命を害されたときにも比肩すべき精神上の苦痛を受けた場合、自己の権利として慰藉料を請求しうるものと解するのが相当である。