不法行為により身体を害された者の母は、そのために被害者が生命を害されたときにも比肩すべき精神上の苦痛を受けた場合、自己の権利として慰藉料を請求しうるものと解するのが相当である。
不法行為により身体を害された被害者の母の慰藉料請求が認容された事例。
民法709条,民法710条,民法711条
判旨
民法711条は生命侵害以外の事由による近親者の慰謝料請求を否定するものではなく、子の受傷により親が死亡時に比肩する精神的苦痛を受けた場合には、同法709条、710条に基づき自己の権利として慰謝料を請求できる。
問題の所在(論点)
民法711条は「生命を害した」場合を要件とするが、被害者が生存している(身体傷害に留まる)場合であっても、近親者は同条または同法709条・710条に基づき、独自の慰謝料を請求できるか。
規範
民法711条が生命侵害の場合に近親者の慰謝料請求権を明文化していることは、それ以外の事由による請求をすべて否定する趣旨ではない。生命侵害以外の不法行為により、近親者が被害者の死亡したときにも比肩しうべき精神上の苦痛を受けたと認められる特段の事情がある場合には、同法709条、710条に基づき、近親者独自の権利として慰謝料を請求することができる。
重要事実
加害者の不法行為により、被害者(女児)が顔面に重度の傷害を負い、医療によっても除去不能な著明な瘢痕が残る外傷後遺症を負った。被害者の母親は、夫を戦争で失い、内職のみで女児を含む二児を養育している状況にあったところ、娘の容貌に一生残る甚大な被害が生じたことについて、多大な精神的苦痛を被ったとして自身の慰謝料を請求した。
あてはめ
被害者が負った後遺症は、女子の容貌に著しい影響を与える除去不能な瘢痕であり、その被害の程度は極めて重大である。また、母親が女手一つで養育してきたという家庭環境に照らせば、娘の被った悲惨な被害は、母親にとって娘が死亡した場合にも比肩しうるほどの甚大な精神的苦痛を与えたといえる。したがって、民法711条所定の場合に類する特段の事情が認められる。
結論
被害者が生存していても、死亡時に比肩する精神的苦痛が生じている場合は、近親者は民法709条、710条に基づき自己の権利として慰謝料を請求できる。
実務上の射程
身体傷害事案における近親者の慰謝料請求の可否に関するリーディングケースである。答案上は、711条の類推適用ではなく「709条・710条の問題」として構成しつつ、711条の趣旨を及ぼすための要件として『死亡時と同視できるほどの苦痛(特段の事情)』の有無を論証する際に用いる。また、過失相殺についても触れる場合は、被害者本人と身分上・生活上一体を成すとみられる近親者の過失も考慮し得る(被害者側の過失)という議論と接続する。
事件番号: 昭和44(オ)46 / 裁判年月日: 昭和44年4月24日 / 結論: 棄却
第三者の不法行為によつて身体を害された者の両親は、そのために子が生命を害されたにも比肩すべきか、または右場合に比して著しく劣らない程度の精神上の苦痛を受けたときにかぎり、自己の権利として慰籍料を請求することができる。
事件番号: 昭和39(オ)538 / 裁判年月日: 昭和43年4月11日 / 結論: その他
母の身体侵害を理由とする子の慰藉料請求と右身体侵害に基づく母の生命侵害を理由とする子の慰藉料請求とは、同一性がなく、前者に関する調停が成立した後母が死亡した場合には、特別の事情のないかぎり、その調停が後者をも含むと解することはできない。