労働者の業務上の災害に関して損害賠償債務を履行した使用者は、賠償された損害に対応する労働者災害補償保険法に基づく保険給付請求権を代位取得しない。
使用者の損害賠償債務の履行と労働者災害補償保険法に基づく保険給付請求権の代位取得
民法422条,労働基準法84条2項,労働者災害補償保険法67条
判旨
労働災害について損害賠償債務を履行した使用者は、民法422条を類推適用して、被災労働者が国に対して有する労災保険法上の給付請求権を代位取得することはできない。
問題の所在(論点)
労災事故に関し損害賠償債務を履行した使用者は、民法422条の類推適用により、被災労働者が国に対して有する労災保険法上の給付請求権を代位取得できるか。労災保険給付が損害賠償によって填補された損害に「代わる権利」に該当するか。
規範
民法422条の賠償者代位の規定は、損害賠償を受けた債権者が重複して利益を得る不当な結果を防ぐ趣旨であり、不法行為に類推適用される場合、賠償者が取得するのは侵害された権利またはこれに代わる権利に限られる。労災保険給付は、労働者の迅速かつ公平な保護を目的とするものであり、賃金等請求権の填補を目的とする損害賠償とは制度の趣旨・目的を異にするから、賠償された損害に「代わる権利」とはいえない。また、関係法令に代位取得を許容する規定も存在しない。
重要事実
事業主(被上告人)の労働者Dが、業務中に落下したバケットにより脳挫傷等の傷害を負った。Dは民法717条の瑕疵を理由に使用者に損害賠償請求を行い、最高裁は将来の労災保険給付額を損害額から控除せずに賠償を命じた。使用者は判決に従い損害賠償金を全額支払った後、国(上告人)に対し、民法422条を類推適用して、自らが支払った賠償額の限度でDの有する将来の労災保険給付(長期傷病補償給付等)請求権を代位取得したと主張し、その支払を求めた。
あてはめ
民法422条の適用対象となる「権利」は、損害賠償によって填補された損害と同一性を有する権利でなければならない。しかし、労災保険給付は被災労働者の保護という独自の福祉的目的を有する制度であり、過失相殺の適用がない等、私法上の損害賠償とはその性質を異にする。したがって、使用者が損害賠償を完済したとしても、労災保険給付請求権が損害賠償に「代わる権利」として使用者に移転すると解する余地はない。また、制度的な調整は法令によるべきところ、労災保険法等にこれを認める規定はない。
結論
使用者は、損害賠償債務を履行しても、労災保険法に基づく給付請求権を代位取得することはできない。したがって、被上告人の請求は棄却される。
実務上の射程
損害賠償と労災保険給付の二重利得の調整は、原則として保険給付を先行させ、その分だけ使用者の賠償債務を免れさせる(先行給付による控除)という形で行われる。本判決は、使用者が先に賠償金を支払った場合に、後から国に求償する手段として民法422条を用いることを否定したものであり、実務上、使用者は「現実の給付」がなされるまで損害賠償額の控除を受けられないリスクを負うことを示唆している。
事件番号: 昭和55(オ)82 / 裁判年月日: 昭和58年4月19日 / 結論: 破棄差戻
労働者災害補償保険法による障害補償一時金及び休業補償給付は、被災労働者の精神上の損害を填補するためのものではなく、これを同人の慰藉料から控除すべきではない。