労働者災害補償保険法による障害補償一時金及び休業補償給付は、被災労働者の精神上の損害を填補するためのものではなく、これを同人の慰藉料から控除すべきではない。
労働者災害補償保険法による障害補償一時金及び休業補償給付を被災労働者の慰藉料から控除することの可否
労働基準法84条,労働者災害補償保険法14条,労働者災害補償保険法15条,民法709条,民法710条
判旨
労災保険による補償金は財産上の損害を填補するためのものであり、精神上の損害である慰謝料から控除することは許されない。また、その他の給付金についても、その性質が特定の損害を填補するものであるかを確認した上で、同一性を有する損害の範囲内でのみ控除が認められる。
問題の所在(論点)
労災保険法に基づき支払われた障害補償一時金や休業補償金を、不法行為に基づく損害賠償請求における「慰謝料」の額から控除(損益相殺ないし実質的な充当)することができるか。また、見舞金等の費目の異なる給付を慰謝料から控除するための要件は何か。
規範
労働者に対する災害補償(労災保険法等)は、労働者が被った財産上の損害の填補を目的とするものであり、精神上の損害の填補を目的とするものではない。したがって、これら補償金の受領により填補されるのは財産上の損害賠償請求権に限られ、費目を異にする精神上の損害(慰謝料請求権)から控除することはできない。また、見舞金等の他の給付についても、その性質上、填補すべき損害がいかなる費目のものであるかを確定し、同一性を有する損害の範囲内でのみ控除すべきである。
重要事実
上告人は交通事故により後遺障害を負い、慰謝料200万円(過失相殺後160万円)等の損害が認められた。上告人は、既に労災保険から障害補償一時金14万100円、休業補償金33万9600円を受領していた。また、共済会からの休業補償金、賞与名目の支払、見舞金等も受領していた。原審は、これらの各給付額を、上告人の精神上の損害である慰謝料額から(一部は過失割合に応じて)控除した。
あてはめ
労災保険の障害補償一時金及び休業補償金は、その制度趣旨から財産上の損害を填補するためのものである。本件において、これら財産上の損害填補を目的とする給付を、精神上の損害を填補すべき慰謝料から控除することは、損害の性質の不一致を見落とした違法があるといえる。また、共済会からの給付や見舞金等についても、その費目や性質からみていかなる損害を填補するものであるかが不明確なまま慰謝料から控除することは、審理不尽・理由不備であると解される。
結論
労災保険による補償金は慰謝料から控除することはできない。また、その他の給付についても損害の同一性が認められない限り、慰謝料から控除することは許されない。原判決を破棄し、差し戻す。
実務上の射程
損益相殺における「費目の同一性」に関するリーディングケース。答案では、損害賠償額の算定において、労災給付等の既払金がある場合、それが「財産上の損害」か「精神上の損害」かを峻別し、費目を跨いだ控除を否定する論拠として使用する。
事件番号: 昭和52(オ)429 / 裁判年月日: 昭和52年12月22日 / 結論: その他
労働者災害補償保険法に基づき政府が将来にわたり継続して保険金を給付することが確定していても、いまだ現実の給付がない以上、受給権者が使用者に対し自動車損害賠償保障法三条に基づいて請求しうる損害賠償の額から将来の給付額を控除すべきではない。