労働者災害補償保険法又は厚生年金保険法に基づき政府が将来にわたり継続して保険金を給付することが確定していても、いまだ現実の給付がない以上、将来の給付額を受給権者の使用者に対する損害賠償債権額から控除することを要しない。
労働者災害補償保険法又は厚生年金保険法に基づく保険給付の確定と受給権者の使用者に対する損害賠償債権額から将来の給付額を控除することの要否
民法709条,労働基準法84条2項,労働者災害補償保険法12条の4,厚生年金保険法40条
判旨
労働者災害補償保険法及び厚生年金保険法に基づく保険給付は損害の填補の性質を有するが、損益相殺として控除の対象となるのは、政府が現実に支給した額に限られ、将来給付されることが確定していても未払の額を控除することはできない。
問題の所在(論点)
労働者災害補償保険法または厚生年金保険法に基づき、将来給付されることが確定している未払の保険給付額を、不法行為等に基づく損害賠償額から損益相殺として控除することができるか。
規範
1. 労基法84条2項の類推適用または衡平の理念により、保険給付が損害の填補の性質を有する場合、使用者は同一の事由についてその価額の限度で賠償責任を免れる。 2. もっとも、控除の対象となるのは政府が現実に保険金を給付して損害を填補したときに限られる。したがって、将来にわたり継続して給付されることが確定していても、いまだ現実の給付がない将来の給付額を損害賠償債権額から控除することはできない。
重要事実
上告人は労働災害を被り、被上告人に対し損害賠償を請求した。上告人は、将来にわたって労災保険法に基づく長期傷病補償給付および厚生年金保険法に基づく障害年金を受給することが確定していた。原審は、既に支給された給付額(128万0977円)に加え、将来給付されるべき各給付の現在価額を算出し、その合計額(941万5299円)を逸失利益から控除して賠償額を算定した。
あてはめ
本件において、上告人が現実に支給を受けた保険給付の合計額は128万0977円である。これに対し、原審は将来給付されるべき額の現在価額までをも控除しているが、いまだ現実の給付がない将来の給付分(813万4322円)については、損害を填補したとはいえない。したがって、現実の給付があった額を超えて、将来の給付予定額を損害賠償額から控除することは、損益相殺の法理に照らし許されないといえる。
結論
未払の将来の保険給付額を控除することはできず、現実に給付を受けた額のみを控除すべきである。したがって、控除しすぎた部分を加算した額の支払義務が認められる。
実務上の射程
本判決は、労災事故における損害賠償請求において、損益相殺の対象を「現実の支給」に限定する実務上の重要な指針である。答案上は、社会保険給付と賠償額の調整が問われた際、損益相殺の肯否を論じた後、控除の範囲を確定する段階で本規範を用いる。これにより二重の利得を防ぎつつ、未払給付による被害者の救済不足を回避する論理を構築できる。
事件番号: 昭和52(オ)429 / 裁判年月日: 昭和52年12月22日 / 結論: その他
労働者災害補償保険法に基づき政府が将来にわたり継続して保険金を給付することが確定していても、いまだ現実の給付がない以上、受給権者が使用者に対し自動車損害賠償保障法三条に基づいて請求しうる損害賠償の額から将来の給付額を控除すべきではない。