厚生年金保険法又は労働者災害補償保険法(昭和四八年法律第八五号による改正前のもの)に基づき政府が将来にわたり継続して保険金を給付することが確定していても、いまだ現実の給付がない以上、将来の給付額を受給権者の第三者に対する損害賠償債権額から控除することを要しない。
厚生年金保険法又は労働者災害補償保険法(昭和四八年法律第八五号による改正前のもの)に基づく保険給付の確定と受給権者の第三者に対する損害賠償債権額から将来の給付額を控除することの要否
民法709条,厚生年金保険法40条,労働者災害補償保険法(昭和48年法律第85号による改正前のもの)20条
判旨
厚生年金保険法等に基づく保険給付と第三者の損害賠償義務は相互補完関係にあり二重填補は許されないが、損害額から控除されるのは政府が現実に給付を行った場合に限られる。将来給付されることが確定していても、現実の給付がない限り、受給権者は損害賠償請求において当該額を控除する必要はない。
問題の所在(論点)
不法行為による損害賠償額を算定するにあたり、厚生年金保険法等に基づき将来給付されることが確定している保険給付額を、現実の給付前であっても損害額から控除(損益相殺)することができるか。
規範
厚生年金保険法40条及び労働者災害補償保険法20条(現12条の4)の趣旨は、同一事由による損害の二重填補を防止することにある。しかし、受給権者の第三者に対する損害賠償請求権が国に移転し、受給権者が権利を失うのは、政府が「現実に」保険金を給付して損害を填補したときに限られる。したがって、将来にわたり継続して給付されることが確定していても、現実の給付がない以上、将来の給付額を損害賠償額から控除(損益相殺的調整)することはできない。
重要事実
第三者の行為によって事故が生じ、受給権者は当該第三者に対して不法行為に基づく損害賠償を請求した。受給権者は厚生年金保険法および労働者災害補償保険法に基づき、将来にわたって継続的に保険給付等を受けることが確定していたが、賠償請求の時点では、それら将来の給付分についてはいまだ現実の給付を受けていなかった。被告(第三者)側は、将来の給付確定額を損害額から控除すべきであると主張した。
あてはめ
本件における各保険法の規定は、二重填補を防止する趣旨であるが、代位取得による権利移転の効力は「現実の給付」を条件としている。将来の給付が確定しているとしても、それは現実に損害が填補されたことにはならない。そのため、受給権者が第三者に対して損害賠償を請求する段階で、未払いの将来給付分をあらかじめ差し引く法的な根拠は認められない。現実の給付を待って初めて、その価額の限度で賠償請求権が国に移転するという関係に立つと解される。
結論
政府が現実に給付を行っていない以上、将来の給付確定額を損害額から控除することは要しない。
実務上の射程
公的年金や労災保険給付と損害賠償の調整において、「現実の給付」の有無を重視する基準を示した。実務上、訴訟の口頭弁論終結時までに現実に行われた給付分は既既払金として控除されるが、将来分は控除の対象外となる。なお、後年の判例により、遺族基礎年金等についても同様の枠組みが維持されているが、中間利息控除の計算時期等との整合性には注意を要する。
事件番号: 平成21(受)1932 / 裁判年月日: 平成22年10月15日 / 結論: 棄却
1 被害者が,不法行為によって傷害を受け,その後に後遺障害が残った場合において,労働者災害補償保険法に基づく保険給付を受けたときは,この社会保険給付については,これによるてん補の対象となる特定の損害と同性質であり,かつ,相互補完性を有する損害の元本との間で,損益相殺的な調整を行うべきである。 2 被害者が,不法行為によ…