労働者災害補償保険法による休業補償給付若しくは傷病補償年金又は厚生年金保険法(昭和六〇年法律第三四号による改正前のもの)による障害年金は、被害者の受けた財産的損害のうちの積極損害又は精神的損害から控除すべきでない。
労働者災害補償保険法による休業補償給付若しくは傷病補償年金又は厚生年金保険法(昭和六〇年法律第三四号による改正前のもの)による障害年金を被害者の受けた財産的損害のうちの積極損害又は精神的損害から控除することの可否
労働基準法84条2項,労働者災害補償保険法12条の4,労働者災害補償保険法14条,労働者災害補償保険法18条,厚生年金保険法40条,厚生年金保険法(昭和60年法律第34号による改正前のもの)47条,民法709条,民法710条
判旨
労災保険法等に基づく保険給付と民事上の損害賠償請求権との調整において、控除の対象となるのは「同一の事由」による損害に限られ、消極損害を対象とする保険給付を積極損害や慰謝料から控除することは許されない。
問題の所在(論点)
労災保険法や厚生年金保険法に基づく保険給付を損害賠償額から控除(損益相殺的調整)する際、給付の名目にかかわらず全ての損害項目から一括して控除することができるか。すなわち「同一の事由」の範囲が問題となる。
規範
労災保険法や厚生年金保険法に基づく保険給付が行われた場合、被害者の損害賠償請求権は、給付と「同一の事由」について損害が填補されたものとして減縮する。ここにいう「同一の事由」とは、保険給付の趣旨目的と損害賠償の趣旨目的が一致すること、すなわち対象となる損害が「同性質」であり、相互補完性を有することを指す。具体的には、休業補償給付・傷病補償年金・障害年金は財産的損害のうち「消極損害(逸失利益)」と同性質であるが、「積極損害(治療費等)」や「精神的損害(慰謝料)」とは同性質ではない。したがって、消極損害を対象とする給付額が消極損害の額を上回る場合でも、その超過分を積極損害や慰謝料から控除することはできない。
重要事実
被上告会社の被用者の暴行により負傷した上告人が、被上告会社らに対し損害賠償を請求した事案。上告人は、入院雑費・付添看護費(積極損害)、休業補償費(消極損害)、及び慰謝料(精神的損害)を被った。一方で、上告人は労災保険法に基づく休業補償給付、傷病補償年金、および厚生年金保険法に基づく障害年金を受領した。原審は、これらの保険給付は名目を問わず身体傷害を原因とする損害の填補であるとして、損害全額から保険給付合計額を控除(一括控除)し、請求を棄却したため、上告人が上告した。
あてはめ
本件で上告人が受領した休業補償給付、傷病補償年金、障害年金は、いずれも消極損害を対象とするものである。これに対し、上告人が請求している損害のうち、入院雑費や付添看護費は積極損害であり、慰謝料は精神的損害である。これらは消極損害とは性質を異にするため、上記の保険給付と「同一の事由」の関係にはない。したがって、休業補償給付等の額を、積極損害や慰謝料の額から控除した原審の判断は、調整の範囲を誤ったものであり、法令の解釈適用に違法があるといえる。
結論
保険給付による控除は、給付と同性質の損害(消極損害)の範囲に限られる。したがって、原判決のうち、積極損害および慰謝料の請求を退けた部分は破棄を免れず、当該部分について審理を尽くさせるため差し戻すべきである。
実務上の射程
損益相殺における「費目別控除」の原則を確立した重要判例である。司法試験においては、不法行為の損害賠償額の算定において労災給付がある場合、一律に総額から引くのではなく、逸失利益(消極損害)からのみ控除し、慰謝料や既払外の治療費からは控除できないことを論述する際に用いる。
事件番号: 昭和52(オ)429 / 裁判年月日: 昭和52年12月22日 / 結論: その他
労働者災害補償保険法に基づき政府が将来にわたり継続して保険金を給付することが確定していても、いまだ現実の給付がない以上、受給権者が使用者に対し自動車損害賠償保障法三条に基づいて請求しうる損害賠償の額から将来の給付額を控除すべきではない。