甲が乙所有の物件を権限なくして自己名義で丙に売り渡した場合には、丙において右物件が甲の所有であると信じ、かつそのように信じるにつき正当の事由があつても、表見代理の成立する余地はない。
甲が乙所有の物件を権限なくして自己名義で処分した場合の表見代理の成否。
民法110条
判旨
代理人が本人のためにすることを示さず(顕名がなく)、自己の所有物として処分し、相手方も代理人の所有物として買い受けた場合には、表見代理の規定を適用する余地はない。
問題の所在(論点)
代理人が本人を代理する旨を示さず(不顕名)、かつ相手方も代理人自身の権利処分であると信頼して取引した場合に、表見代理(民法110条等)の規定を適用して本人に効果帰属させることができるか。
規範
民法は代理において顕名主義(民法99条1項)を採用しているため、原則として、代理人が本人のためにすることを示さない行為は代理行為として成立しない。もっとも、本人から本人名義で行為する権限を与えられた者が本人として行為した場合には例外的に代理の成立を認める余地があるが、これを欠く場合には表見代理(同法110条等)の規定を適用することはできない。
重要事実
土地所有者(上告人ら)から何らかの権限を与えられていた可能性のある訴外Dが、本件土地を「自己所有の土地」として被上告人に売り渡した。被上告人(買主)側も、当該土地を「Dの所有地」であると認識して買い受けた。この事案において、原審はDの行為について表見代理の成立を肯定した。
あてはめ
本件においてDは、本件土地を自己の所有物として処分しており、被上告人に対して「本人のためにすること」を表示していない。また、被上告人もD自身の土地として買い受けており、代理関係の存在を前提としていない。さらに、本件は「本人から本人名義で行為する権限を与えられた者が本人として行為した」という特段の事情(署名代理等)にも該当しない。したがって、顕名が存在しない以上、そもそも代理行為としての外形を欠き、表見代理を論じる前提を欠くといえる。
結論
表見代理は成立せず、売買の効果は本人(上告人ら)に帰属しない。したがって、表見代理の成立を認めた原判決には法令違反があり、破棄を免れない。
実務上の射程
顕名のない「他人名義の冒用」や「自己の権利としての処分」の事案において、表見代理の適用の可否を判断する際の基礎となる判例である。代理行為の成立(顕名)が表見代理適用の論理的前提であることを示しており、答案上は、まず99条1項の顕名の有無を検討し、それが欠ける場合に110条を類推適用できるかという文脈で本判例の射程を検討することになる。
事件番号: 昭和32(オ)994 / 裁判年月日: 昭和36年4月7日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】不動産の実質的な所有者が、登記名義人である他名義での売却を許容して売買を委任した場合、受任者が自己の名義で売買契約を締結したとしても、代理権の行使(顕名)があったものとして本人に効果が帰属する。 第1 事案の概要:本件宅地の実質的な所有者である上告人は、夫であるDに対し、本件宅地の売却を委任した。…
事件番号: 昭和32(オ)17 / 裁判年月日: 昭和35年9月9日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】他人が本人になりすまして契約を締結した「署名代行型」の事案において、代理人として行為する意思がない以上、無権代理行為を前提とする追認(民法113条1項)は成立しない。 第1 事案の概要:訴外Dは、被上告人Bの不在中に無断で、Bが預けていた実印を冒用した。DはB本人になりすまして、上告人との間で売買…