乙が甲所有の土地につき、地代の取立、納税などの土地管理を甲から委任されていたこと、甲が丙に右土地売却の代理権を授与して「丙氏小生の代理人として万事御相談願升(委任状代用)、丁、戊様」と記入してある甲の名刺を交付したこと、甲及び丙は乙に土地売却についての協力斡旋を依頼し丙が乙に右名刺を交付したこと、ならびに乙は本件売買契約を締結するに当り乙に右名刺を示したことをもつて乙に右売買契約締結につき乙が甲を代理する権限ありと信ずべき正当理由があるとはいえない。
民法第110条にいわゆる「正当ノ理由」がないとされた事例。
判旨
民法110条の「正当な理由」とは、第三者が代理権があると信じたことが、諸般の事情に照らし普通の注意力を有する者の措置として過失がないといえる場合を指す。単なる土地管理人である事実や、特定の個人を名指しした代理権授与の文言がある名刺の提示を受けた事実のみでは、当然に正当な理由を肯定することはできない。
問題の所在(論点)
土地管理人による処分行為において、本人の名刺提示等の事情がある場合に、民法110条の「正当な理由」が認められるか。
規範
民法110条の「正当な理由」があるとは、当該第三者において代理権があると信じたことが、諸般の事情に照らし、普通の注意力を有する者の措置として毫もとがめるところがない(無過失である)ことをいう。
重要事実
上告人(本人)は、土地管理人Eに対し地代取立等の管理行為を委任していた。また、本人から土地売却の代理権を授与されたFが、Eに対し売却の協力を依頼し、本人名義の名刺(「F氏小生の代理人として万事御相談願います(委任状代用)」と記載)を交付した。その後、EはDとの間で本件土地の売買契約を締結する際、Dに対し上記名刺を示した。Dの承継人である被上告人らは、110条の表見代理の成立を主張した。
あてはめ
事件番号: 昭和33(オ)172 / 裁判年月日: 昭和34年4月23日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】民法110条の「正当な理由」の存否について、判示のような売買契約締結の経緯がある場合、相手方が登記済権利証等の提示・交付を受けず、また本人へ照会しなかったとしても、直ちに過失があるとはいえず、正当な理由が認められる場合がある。 第1 事案の概要:上告人(本人)に対し、訴外Dが上告人を代理して、被上…
まず、土地管理人は一般に管理行為の権限は有するが、売却等の処分行為の代理権を有しないのが社会通念である。したがって、Eが本件土地の管理人であった事実のみから正当理由を肯定することはできない。次に、提示された名刺には「F氏」を代理人とする旨が記されているに過ぎず、Eに代理権があることを示すものではない。このような名刺を提示されたからといって、普通の注意力を有する者の措置として、Eに代理権があると信じることに過失がないとはいえない。
結論
Dに正当な理由があるとは認められず、民法110条の表見代理は成立しない。
実務上の射程
「正当な理由」の定義を「普通の注意力を有する者の措置として毫もとがめるところがない」と定義したリーディングケース。答案上は、相手方が「名義人」と「交渉相手」が別人であることに気づくべき事情や、書面の記載内容から読み取れる権限の範囲を厳格に評価する際の規範として用いる。
事件番号: 昭和32(オ)619 / 裁判年月日: 昭和34年12月4日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】民法110条にいう「正当の理由」とは、第三者(相手方)において代理人に権限があると信ずるにつき過失がないことを意味し、過失がある場合には表見代理は成立しない。 第1 事案の概要:上告人(相手方)は、代理権を欠く者との間で取引を行ったが、原審において、当該代理人に権限があると信ずるにつき上告人に過失…
事件番号: 昭和30(オ)129 / 裁判年月日: 昭和31年10月19日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】表見代理の成否に関し、代理人と称する者に権限があると信ずべき正当な事由の有無は、契約締結当時の諸事情に基づき客観的に判断されるべきである。本件では、代理人と称する訴外Dに権限があると信じたことについて、相手方の代理人に正当な事由が認められるとした原審の判断が維持された。 第1 事案の概要:上告人を…
事件番号: 昭和36(オ)377 / 裁判年月日: 昭和39年1月23日 / 結論: 破棄差戻
甲が乙所有の物件を権限なくして自己名義で丙に売り渡した場合には、丙において右物件が甲の所有であると信じ、かつそのように信じるにつき正当の事由があつても、表見代理の成立する余地はない。