判旨
表見代理の規定が適用されるためには、行為者が本人の代理人として、または本人の名において法律行為をした事実が必要であり、行為者が自身を売主として契約を締結した場合には適用されない。
問題の所在(論点)
他人の権利を自己の権利として処分した場合(いわゆる他人名義の冒用ではなく、自己の名で行った取引)において、民法110条等の表見代理の規定を類推適用または直接適用することができるか。
規範
民法110条及び112条の表見代理に関する規定が適用されるためには、相手方との取引において、行為者が「本人の代理人として」法律行為を締結したか、あるいは少なくとも「本人の名において」当該行為を締結したという顕名の事実が必要である。
重要事実
上告人(買主)らは、訴外Dとの間で本件土地の売買契約を締結した。しかし、当該売買契約においてDは被上告人(本人)を代理して売買を行ったわけではなく、上告人ら自身も、本件売買は「Dを売主とするもの」であったことを自ら主張していた。
あてはめ
本件において、上告人らはDを売主として売買契約を締結している。表見代理制度は、代理権があるかのような外観を信頼した相手方を保護するものであるが、本件のように行為者自身を契約当事者(売主)として取引した場合には、そもそも「本人に効果を帰属させる」という意思表示の構造(顕名)を欠いている。したがって、Dが被上告人の代理人として、あるいは被上告人の名において契約した事実が認められない以上、表見代理の規定を適用する基礎を欠くといえる。
結論
行為者が本人を売主とせず、自己を売主として契約を締結した場合には、民法110条及び112条の規定は適用されない。
実務上の射程
事件番号: 昭和35(オ)347 / 裁判年月日: 昭和38年7月25日 / 結論: 棄却
代理権消滅の事実を相手方の代理人が知つていた場合には、民法第一一二条による表見代理は成立しない。
顕名のない代理(他人名義の冒用や、本件のような自己の名での取引)に表見代理を適用できるかの限界を示す。本判決は直接適用の場面において厳格な顕名を要求しており、答案上は「顕名の有無」が表見代理成立の論理的前提であることを指摘する際に用いる。なお、権利外観法理に基づく類推適用の可否は別途検討を要する。
事件番号: 昭和36(オ)377 / 裁判年月日: 昭和39年1月23日 / 結論: 破棄差戻
甲が乙所有の物件を権限なくして自己名義で丙に売り渡した場合には、丙において右物件が甲の所有であると信じ、かつそのように信じるにつき正当の事由があつても、表見代理の成立する余地はない。
事件番号: 昭和40(オ)49 / 裁判年月日: 昭和41年10月18日 / 結論: 棄却
代理人が自己の名を示さず本人の名においてなした行為も代理行為として有効である。