判旨
他人が本人になりすまして契約を締結した「署名代行型」の事案において、代理人として行為する意思がない以上、無権代理行為を前提とする追認(民法113条1項)は成立しない。
問題の所在(論点)
他人が本人になりすまして本人名義で契約を締結した場合(署名代行・冒用型)、本人は無権代理の規定を準用して、その行為を「追認」することができるか。
規範
無権代理行為の追認(民法113条1項)は、代理人が本人のためにすることを示して(顕名)、代理権なく行為した場合に認められるものである。したがって、行為者が「本人自身」として振る舞い、相手方も行為者を「本人」と誤信して契約した場合には、代理行為そのものが存在しないため、無権代理の追認の規定を適用(または類推適用)する余地はない。
重要事実
訴外Dは、被上告人Bの不在中に無断で、Bが預けていた実印を冒用した。DはB本人になりすまして、上告人との間で売買契約を締結した。上告人も、DをB本人であると誤信して本件契約を締結した。その後、Bがこの行為を追認したとして、上告人は契約の有効性を主張した。
あてはめ
本件において、訴外Dは被上告人Bの代理人として契約したのではなく、B本人として契約を締結している。また、相手方である上告人もDをB本人であると誤信している。このように、行為者が代理人としてではなく本人として振る舞い、相手方もそのように認識している場合、そこに代理関係(または無権代理関係)は成立しない。代理関係を前提としない以上、事後的に本人が追認することによって効果を帰属させる「無権代理の追認」の問題は発生せず、裁判所が追認の有無について判断する必要はない。
結論
本件契約において無権代理の追認を認めることはできず、追認の主張は失当である。
実務上の射程
事件番号: 昭和36(オ)377 / 裁判年月日: 昭和39年1月23日 / 結論: 破棄差戻
甲が乙所有の物件を権限なくして自己名義で丙に売り渡した場合には、丙において右物件が甲の所有であると信じ、かつそのように信じるにつき正当の事由があつても、表見代理の成立する余地はない。
本判決は、顕名のない「なりすまし」事案には原則として無権代理の規定が適用されないことを示している。答案上では、顕名の有無を確認し、顕名がない場合には113条の直接適用ではなく、他人の名称を用いた契約の帰属の問題(名義人の承諾の有無や、110条の類推適用の可否)として論じるべきである。
事件番号: 昭和32(オ)994 / 裁判年月日: 昭和36年4月7日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】不動産の実質的な所有者が、登記名義人である他名義での売却を許容して売買を委任した場合、受任者が自己の名義で売買契約を締結したとしても、代理権の行使(顕名)があったものとして本人に効果が帰属する。 第1 事案の概要:本件宅地の実質的な所有者である上告人は、夫であるDに対し、本件宅地の売却を委任した。…
事件番号: 昭和39(オ)900 / 裁判年月日: 昭和40年2月11日 / 結論: 棄却
「被上告人が甲を代理人とし一二月初め代物弁済予約完結の意思表示をした」との主張に対し、裁判所が、被上告本人が一二月二七日頃代物弁済予約完結の意思表示をしたと認定しても、弁論主義に反しない。
事件番号: 昭和32(オ)917 / 裁判年月日: 昭和35年3月18日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】代理権のない者によって行われた土地の譲渡について、裁判所は代理権の欠如を理由に直ちに請求を排斥でき、譲渡の意思表示の有無を判断したり追認の有無を釈明したりする義務はない。 第1 事案の概要:上告人は、訴外Dが被上告人の代理人として本件各土地を上告人に譲渡したと主張した。しかし、Dが管理権や代理権を…
事件番号: 昭和32(オ)240 / 裁判年月日: 昭和33年10月24日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】無権代理人が本人の代理人として法律効果を本人に帰属させる趣旨で契約を締結した場合、その際に作成された文書が偽造されたものであるか否かにかかわらず、無権代理が成立する。 第1 事案の概要:Dは、Eから代理権を授与されていないにもかかわらず、Eの代理人として、法律効果をEに帰属させる趣旨で、被上告会社…