判旨
債務者が一部の弁済を提供し残務の猶予を申し入れた際、債権者が全額でなければ受領しない旨を回答した場合であっても、それが催告金額全体の受領拒絶を確定的に示したものでない限り、適法な提供とは認められない。
問題の所在(論点)
賃務の一部提供と残額の猶予の申し入れに対し、債権者が全額の支払いを求めて受領を拒んだ場合、債務の本旨に従った提供(民法493条)があったといえるか、あるいは受領拒絶(同条但書)として提供が不要となるか。
規範
債務者が債務の一部についてのみ弁済の提供をし、残債務について支払猶予を求めた場合において、債権者が「全額でなければ受領しない」と回答したとしても、それが直ちに提供の免除や、受領拒絶の確定的な意思表示にあたるとは限らない。特段の事情がない限り、債務者は債務の本旨に従った全額の提供をなすべき義務を負う。
重要事実
賃借人である上告人の妻Dは、延滞賃料の催告期間の末日に、賃告人である被上告人方を訪れた。Dは被上告人の内縁の妻Eに対し、「2万円だけ受け取ってくれ、残金は2ヶ月ほど猶予してもらいたい」と申し入れた。これに対し、Eは「延滞賃料の全額でなければ受領しない」と告げ、話し合いがつかなかった。
あてはめ
本件において、Dが申し出たのは債務の一部である2万円の支払いに過ぎず、残金については猶予を求めるものであった。これに対しEが述べた「全額でなければ受領しない」との発言は、一部提供を拒絶し全額の支払いを促す趣旨にとどまる。本判決の認定によれば、これは「催告金額」全体の受領をあらかじめ拒絶した事実とは認められない。したがって、債務者側において債務の本旨に従った適法な提供があったとはいえず、債務不履行責任を免れることはできない。
結論
一部の提供と残金の猶予申し入れに対し、債権者が全額の支払いを求めた事実は、適法な弁済の提供があったと認めるに足りない。したがって、賃貸借の解除を妨げる理由にはならない。
実務上の射程
弁済の提供(493条)の要否に関する判断事例。債権者の「全額でなければ受け取らない」という拒絶文言があっても、それが一部提供に対する反応に過ぎない場合は、債務者の提供義務は免除されない。答案では、提供の程度(本旨に従ったものか)と、受領拒絶の確定的態様を厳格に峻別する際に引用すべきである。
事件番号: 昭和42(オ)1424 / 裁判年月日: 昭和44年5月1日 / 結論: 棄却
弁済の準備ができない経済状態にあるため言語上の提供もできない債務者は、債権者が弁済を受領しない意思が明確な場合であつても、弁済の提供をしないかぎり、債務不履行の責を免れない。