判旨
日常家事に関する代理権を基礎として権限外の行為がなされた場合、その相手方が代理権があると信ずるにつき正当な理由があるときは、民法110条が適用または類推適用される。
問題の所在(論点)
日常家事に関する代理権を基本代理権として、民法110条の表見代理が成立するか。また、第三者が権限があると信ずるにつき過失がないといえるか。
規範
夫婦の一方が日常の家事に関して有する代理権(民法761条の代理権)を基礎として、その権限を踰越する法律行為を行った場合、第三者が当該行為につき本人を代理する権限があると信ずるにつき過失がない(正当な理由がある)ときは、民法110条の表見代理が成立する。
重要事実
職業軍人であった夫(上告人)は、昭和19年に南方へ出征する際、妻に対して後事を託し、日常家事に関する代理権を授与した。その後、妻は夫の代理権を踰越して夫所有の本件建物を第三者(被上告人)に売却した。被上告人は、売買契約の経緯や当時の事情から、妻に本件建物を売却する権限があることに疑念を抱かなかった。
あてはめ
本件では、夫が戦地へ赴く際に妻に後事を託したという特殊な事情があり、日常家事に関する代理権が授与されていた。妻はこの権限を踰越して不動産売買を行ったが、当時の社会情勢や契約に至る詳細な経緯を考慮すると、相手方が妻に売却権限があると信じたことには無理からぬ事情がある。したがって、相手方が妻に夫を代理する権限があると信ずるにつき過失があったとは認められない(正当な理由がある)。
結論
本件建物の売買について民法110条の表見代理が成立し、夫はその責任を免れない。したがって、上告を棄却する。
実務上の射程
事件番号: 昭和43(オ)971 / 裁判年月日: 昭和44年12月18日 / 結論: 棄却
一、民法七六一条は、夫婦が相互に日常の家事に関する法律行為につき他方を代理する権限を有することをも規定しているものと解すべきである。 二、夫婦の一方が民法七六一条所定の日常の家事に関する代理権の範囲を越えて第三者と法律行為をした場合においては、その代理権を基礎として一般的に同法一一〇条所定の表見代理の成立を肯定すべきで…
本判決は日常家事代理権を基本代理権とする110条の適用の余地を認めたが、後の判例(最判昭44.12.18)では、夫婦の協力関係を保護するため、単に日常家事代理権があるだけでは足りず、相手方がその行為が日常家事の範囲内であると信ずるにつき正当な理由がある場合に限り、110条を類推適用すべきとする限定的な枠組みが確立された。答案上は、この44年判決の規範をベースにしつつ、本判決の「出征」のような特殊事情を「正当な理由」の認定材料として活用するのが適切である。
事件番号: 昭和28(オ)1350 / 裁判年月日: 昭和31年9月18日 / 結論: 棄却
本人の渡米不在中権限を踰越して土地売却の代理行為をした代理人について、本人の実印を所持していた事実の外、後記(判決理由参照)のような事情もあつたときは、民法第一一〇条の代理権ありと信ずべき正当の理由があるものということができる。
事件番号: 昭和39(オ)1227 / 裁判年月日: 昭和41年1月21日 / 結論: 棄却
家事一切を処理するについて夫を代理して法律行為をする権限が与えられ、従つて夫の所有不動産を夫に代理して管理する権限をも与えられていた妻が、右代理権限を超えてなした不動産売却行為については、判示事実関係のもとで、表見代理が成立する。
事件番号: 昭和33(オ)251 / 裁判年月日: 昭和36年1月17日 / 結論: 棄却
病身の夫が家族との不和と療養の関係からさして遠方でない土地に別居中、妻が無断で夫の印章を偽造し、夫の代理名義で夫所有の土地家屋を代金三一〇万円で売却した場合、交渉の行われた場所が当該の家屋であり、家族の収入は妻名義でなす貸間収入で賄われており、成人した子供達が交渉の際同席する等、一応妻に代理権があると信じさせるような事…
事件番号: 昭和32(オ)723 / 裁判年月日: 昭和34年11月5日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】民法110条の表見代理における「正当な理由」の存否は、代理人の年齢や家族関係、取引相手との距離等の具体的事情を総合考慮して判断される。本件では、80歳の父が子の代理人として振る舞った際、相手方が近隣居住者であっても直ちに過失があるとはいえず、代理権があると信じるに足りる正当な理由が認められた。 第…