一、民法七六一条は、夫婦が相互に日常の家事に関する法律行為につき他方を代理する権限を有することをも規定しているものと解すべきである。 二、夫婦の一方が民法七六一条所定の日常の家事に関する代理権の範囲を越えて第三者と法律行為をした場合においては、その代理権を基礎として一般的に同法一一〇条所定の表見代理の成立を肯定すべきではなく、その越権行為の相手方である第三者においてその行為がその夫婦の日常の家事に関する法律行為に属すると信ずるにつき正当の理由のあるときにかぎり、同条の趣旨を類推して第三者の保護をはかるべきである。
一、民法七六一条と夫婦相互の代理権 二、民法七六一条と表見代理
民法761条,民法110条
判旨
夫婦の一方が日常の家事に関する代理権の範囲を越えて法律行為をした場合、相手方がその行為を日常の家事の範囲内と信ずるにつき正当の理由があるときに限り、民法110条の趣旨が類推適用される。日常の家事の範囲は、夫婦の社会的地位や資産等の内部的事情に加え、行為の種類・性質を客観的に考慮して判断すべきである。
問題の所在(論点)
夫婦間の日常家事代理権(民法761条)を基礎として、権限外の行為につき民法110条の表見代理が直接適用されるか、または類推適用されるか。また、日常家事の範囲および「正当の理由」をいかに判断すべきか。
規範
1. 民法761条は、夫婦が相互に日常の家事に関する法律行為につき他方を代理する権限を有することを規定している。2. 「日常の家事」の範囲は、個々の夫婦の社会的地位、職業、資産、収入、地域慣習等の内部的事情のみならず、取引の相手方保護の観点から、客観的に法律行為の種類・性質等を十分に考慮して判断すべきである。3. 夫婦の一方が日常の家事の代理権の範囲を越えた場合、夫婦の財産的独立を損なわないよう、相手方においてその行為が日常の家事の範囲内に属すると信ずるにつき正当の理由があるときに限り、民法110条の趣旨を類推適用する。
事件番号: 昭和31(オ)1057 / 裁判年月日: 昭和34年8月18日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】日常家事に関する代理権を基礎として権限外の行為がなされた場合、その相手方が代理権があると信ずるにつき正当な理由があるときは、民法110条が適用または類推適用される。 第1 事案の概要:職業軍人であった夫(上告人)は、昭和19年に南方へ出征する際、妻に対して後事を託し、日常家事に関する代理権を授与し…
重要事実
夫Dが、妻(被上告人)の特有財産である土地・建物を、Dが主宰する会社Fの債務を回収しようとする債権者(上告人)に対し売却した。妻は夫Dに本件売買に関する代理権を授与しておらず、上告人は民法761条および110条に基づく表見代理の成立を主張して、妻に所有権移転登記手続等を求めた。
あてはめ
本件売買契約は、妻の特有財産である不動産を対象とするものであり、かつ夫Dが主宰する会社の債務回収を目的として締結されたものである。このような不動産処分や他人の債務処理を目的とする行為は、個々の夫婦の生活状況を考慮しても客観的に「日常の家事」の範囲内とはいえない。また、取引の性質に照らせば、相手方において本件売買が当該夫婦の日常の家事の範囲内であると信ずるにつき正当の理由があったとも認められない。
結論
本件売買について民法110条の類推適用は認められず、表見代理は成立しない。したがって、妻は本件売買契約に基づく責任を負わない。
実務上の射程
夫婦間における民法110条の適用場面では、直接適用を否定し「類推適用」とすべきである。答案上は、日常家事の範囲を判断する際に「客観的な性質」を強調し、正当の理由の対象が「110条の基本代理権の存在」ではなく「当該行為が日常家事の範囲内であること」を信じた点にあることを明示すべきである。
事件番号: 昭和39(オ)1227 / 裁判年月日: 昭和41年1月21日 / 結論: 棄却
家事一切を処理するについて夫を代理して法律行為をする権限が与えられ、従つて夫の所有不動産を夫に代理して管理する権限をも与えられていた妻が、右代理権限を超えてなした不動産売却行為については、判示事実関係のもとで、表見代理が成立する。
事件番号: 昭和40(オ)128 / 裁判年月日: 昭和40年10月15日 / 結論: 棄却
原審が本件売買契約に関し確定した諸般の事情のもとでは、同契約が民法第七六一条にいわゆる「日常の家事」に属するものとはいえない旨の原審の判断は正当である。
事件番号: 昭和33(オ)251 / 裁判年月日: 昭和36年1月17日 / 結論: 棄却
病身の夫が家族との不和と療養の関係からさして遠方でない土地に別居中、妻が無断で夫の印章を偽造し、夫の代理名義で夫所有の土地家屋を代金三一〇万円で売却した場合、交渉の行われた場所が当該の家屋であり、家族の収入は妻名義でなす貸間収入で賄われており、成人した子供達が交渉の際同席する等、一応妻に代理権があると信じさせるような事…
事件番号: 昭和50(オ)170 / 裁判年月日: 昭和50年6月24日 / 結論: 棄却
債務者が代理人として本人の所有不動産を自己の債務の弁済に代え債権者に譲渡した場合において、民法一一〇条にいわゆる第三者としての債権者が債務者に代理権があると信ずべき正当の理由の存否は、債務者がその所有権移転登記手続をした時又は右登記に必要な書類を債権者に交付してその義務の履行を終了した時に存在する諸般の事情を考慮して判…