債務者が代理人として本人の所有不動産を自己の債務の弁済に代え債権者に譲渡した場合において、民法一一〇条にいわゆる第三者としての債権者が債務者に代理権があると信ずべき正当の理由の存否は、債務者がその所有権移転登記手続をした時又は右登記に必要な書類を債権者に交付してその義務の履行を終了した時に存在する諸般の事情を考慮して判断すべきものである。
代物弁済として不動産を譲渡した場合における民法一一〇条の正当の理由
民法110条,民法482条
判旨
民法110条の表見代理における「正当の理由」の存否は、代理権を信ずべき客観的事態が生じた時点、すなわち所有権移転登記手続時または登記必要書類の交付時における諸般の事情を基準として判断すべきである。
問題の所在(論点)
民法110条の表見代理の成立要件である「正当の理由」の存否を判断すべき基準時はいつか。特に、不動産の譲渡が代理人によって行われた場合、どの時点の事情を基礎に判断すべきかが問題となる。
規範
民法110条にいう「正当の理由」の存否は、代理権があると信ずべき客観的な状況が確定した時点、具体的には、債務者が代理人として不動産の所有権移転登記手続をした時、または当該登記に必要な書類を債権者に交付して義務の履行を終了した時における諸般の事情を考慮して判断すべきである。
重要事実
債務者Dは、本人である上告人の所有不動産を、自らの債務の弁済に代えて(代物弁済として)債権者である被上告人Bに対し、上告人の代理人と称して譲渡した。この際、Dは上告人から受領していた登記関係書類をBに交付し、所有権移転登記手続を完了させた。上告人は、Dに代理権はなく表見代理も成立しないとして争ったが、原審はBに「正当の理由」があるとして110条の成立を認めた。
事件番号: 昭和32(オ)723 / 裁判年月日: 昭和34年11月5日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】民法110条の表見代理における「正当な理由」の存否は、代理人の年齢や家族関係、取引相手との距離等の具体的事情を総合考慮して判断される。本件では、80歳の父が子の代理人として振る舞った際、相手方が近隣居住者であっても直ちに過失があるとはいえず、代理権があると信じるに足りる正当な理由が認められた。 第…
あてはめ
本件において、代理人Dが本人の不動産を自己の債務の弁済に充てた際、相手方BがDに代理権があると信じたことについての「正当の理由」は、Dが所有権移転登記手続を行い、または登記に必要な書類一式をBに交付して、代理行為に伴う義務の履行を実質的に終了させた時点の事情に基づいて判断される。当該時点において、BがDに正当な権限があると信じるに足りる客観的な状況が整っていたのであれば、正当の理由が認められるべきである。
結論
民法110条の「正当の理由」は、登記手続時または登記書類の交付時を基準に判断されるため、当該時点において正当な理由を認めた原審の判断は妥当であり、上告は棄却される。
実務上の射程
表見代理の「正当の理由」の判断基準時を明確にした判例である。答案上では、行為時(契約締結時)だけでなく、履行の完了(登記書類の授受等)まで含めた一連の過程における最終的な信頼形成時を基準にできることを示す際に有用である。特に登記を伴う不動産取引では、書類の完備性が正当の理由の有力な根拠となるため、本判決の基準時は実務上極めて重要である。
事件番号: 昭和30(オ)648 / 裁判年月日: 昭和32年9月17日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】表見代理の成立要件である「正当の理由」の有無は、事実認定の問題であり、原審が証拠に基づいてこれを否定した判断は違法ではない。 第1 事案の概要:上告人の代理人Dが、訴外Eに被上告人を代理して本件土地を売却する権限があるものと信じて取引を行った。上告人は、Dがそのように信じたことについて「正当の理由…
事件番号: 昭和51(オ)51 / 裁判年月日: 昭和53年5月25日 / 結論: 破棄差戻
他人所有の不動産について、その地人を代理して同不動産を譲渡担保に供し、自ら金員を借用した者が、右契約締結に際し、同不動産を担保として他から金融を受け入れることに関する契約書、同不動産の登記済権利証、所有者の白紙委任状、印鑑証明書等を所持しているなどの事情があつたとしても、相手方において、貸付金の半額以上が自称代理人自身…
事件番号: 昭和28(オ)1350 / 裁判年月日: 昭和31年9月18日 / 結論: 棄却
本人の渡米不在中権限を踰越して土地売却の代理行為をした代理人について、本人の実印を所持していた事実の外、後記(判決理由参照)のような事情もあつたときは、民法第一一〇条の代理権ありと信ずべき正当の理由があるものということができる。
事件番号: 昭和43(オ)971 / 裁判年月日: 昭和44年12月18日 / 結論: 棄却
一、民法七六一条は、夫婦が相互に日常の家事に関する法律行為につき他方を代理する権限を有することをも規定しているものと解すべきである。 二、夫婦の一方が民法七六一条所定の日常の家事に関する代理権の範囲を越えて第三者と法律行為をした場合においては、その代理権を基礎として一般的に同法一一〇条所定の表見代理の成立を肯定すべきで…