判旨
仮処分の取消事由である「特別の事情」の有無は、被保全権利が金銭的補償により終局の目的を達し得るか否かを基準に、社会通念に従い客観的に考察すべきである。債権者の不利益が単なる収益の喪失にとどまる場合、当該被保全権利は金銭的補償により目的を達し得るものとして、特別の事情が認められる。
問題の所在(論点)
仮処分の取消原因となる「特別の事情」の有無を判断するにあたり、被保全権利が金銭的補償によってその終局の目的を達し得るか否かの判断基準、および債権者側の主観的・家庭的事情がその判断にどのように影響するかが問題となった。
規範
民事保全法54条(旧民訴法759条)の「特別の事情」による仮処分取消において、被保全権利が金銭的補償によりその終局の目的を達し得るかどうかは、諸般の状況に照らし社会通念に従い客観的に考察すべきであり、債権者・債務者双方の利害から観察を要する。特に債権者の受ける損害が金銭賠償によって回復可能な財産的損害にとどまる場合には、金銭補償による取消を許容する特別の事情を肯定できる。
重要事実
仮処分債権者である上告人は、本件土地の賃借権に基づき、被上告人に対し建造物の築造禁止等を求める仮処分を得ていた。上告人は本件土地上の建物で飲食店を経営し、後にこれを第三者に賃貸して得た収益(月額3万5千円等)を、妾との間に出生した子の養育費に充てていた。上告人は、本件土地の利用不可が「一家の円満計画の挫折」や「精神的苦痛」をもたらし金銭補償不能な損害が生じると主張して、債務者による保全取消(特別の事情)を争った。
あてはめ
上告人の本件土地の利用実態は、第三者への賃貸を通じた金銭的収益の確保であり、その使途が子の養育費であるという事情はあっても、本質的には経済的利益の享受にすぎない。上告人が主張する「一家の円満」や「精神的苦痛」といった非財産的利益の毀損は疎明が不十分であり、客観的にみて、本件仮処分によって保全されるべき権利(賃借権)の喪失による損害は、金銭賠償によって補填可能な性質のものといえる。したがって、社会通念上、金銭的補償により終局の目的を達し得る事案に該当する。
結論
本件仮処分の被保全権利は金銭的補償によってその終局の目的を達し得るものであるから、民事保全法上の「特別の事情」があるとして、仮処分の取消を認めた原審の判断は正当である。
実務上の射程
仮処分の取消(解放金による取消とは別の、特別事情による取消)を検討する際のリーディングケース。債権者の権利が「物の個性」や「代替不能な生活基盤」に強く依存しない財産権的性格が強い場合、金銭補償による解消を認める実務の根拠となる。答案では、債権者の権利行使の目的が「金銭的収益」にあるのか「特定の物それ自体の利用」にあるのかを事実認定し、社会通念に照らして評価する際の枠組みとして活用する。
事件番号: 昭和28(オ)543 / 裁判年月日: 昭和32年9月12日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】仮処分命令によって債務者が被る財産上の損害が回復し難いものであり、かつ、保全されるべき権利が金銭的補償によってその終局の目的を達し得る場合には、民事保全法上の「特別の事情」があるとして仮処分の取消しが認められる。 第1 事案の概要:債権者は、本件山林内における石材の搬出禁止を求める仮処分命令を得て…