一 船舶、漁網、漁具等漁業用物件の所有権保全のため、右物件に対する債務者の一切の処分を禁止し、これを執行吏の保管に付した上債権者の使用を許す仮処分は、金銭的補償を得ることによつてその目的を達し得べきものであり、しかも係争物件を債権者の使用にまかせる結果、漁網、漁具等はしばしば海中に投入される等その本来の用方に伴う破損が甚しく滅失の危険も極めて多いため、右仮処分により債務者の被る損害は普通の場合に比し遥かに多大であるから、かかる場合には、仮処分取消の特別事情があるものとなすべきである。 二 民訴第七五九条により債務者をして立てさすべき保証の額は、裁判所が諸般の事情を斟酌した上、その自由な意見により、同条の立法趣旨に合すべき金額を定むべきものである。
一 仮処分取消の特別事情がある一場合 二 民訴第七五九条の保証の額
民訴法759条,民訴法747条(756条)
判旨
民事保全法における「特別の事情」による仮処分取消しは、債権者が金銭的補償により保全の目的を達し得る場合や、債務者の受ける不利益が債権者の利益に比して著しく多大な場合に認められる。
問題の所在(論点)
仮処分の本来の目的は権利の内容そのものの保全にあるが、どのような場合に「特別の事情」があるとして、金銭的保証による仮処分の取消しが認められるか。その判断枠組みと衡量の基準が問題となる。
規範
民事保全法31条(旧民訴法759条)にいう「特別の事情」とは、①仮処分によって保全されるべき権利が金銭的補償を得ることでその目的を達し得る場合、または②仮処分を維持することによって債務者が被る不利益が、仮処分によって債権者が得る利益に比して著しく多大であり、当事者双方の利害関係を衡量して債務者に保証を立てさせて仮処分を取り消すことが相当と認められる場合をいう。
重要事実
上告人(債権者)は、対象物件の所有権を保全するために仮処分を申請し、これが認められた。これに対し、被上告人(債務者)は、本件仮処分によって受ける損害が通常の場合に比して遥かに多大であると主張して、特別の事情による仮処分の取消しを求めた。原審は、債権者の権利が金銭的補償により目的を達し得ること、および債務者の損害が著しく多大であることを理由に、保証金の提供を条件として仮処分を取り消したため、上告人がこれを不服として上告した。
あてはめ
本件では、上告人が保全しようとしているのは物件の所有権であるが、事案の諸般の事情に照らせば、それは金銭的補償を受けることで実質的に目的を達し得る性質のものであった。また、本件仮処分の執行により被上告人が被る損害は、通常想定される範囲を超えて著しく多大であった。このような利害関係の衡量結果に基づき、裁判所が裁量によって定めた各10万円の保証金を立てさせることは、経済事情を無視した裁量権の逸脱とはいえず、法が予定する「特別の事情」に該当すると評価される。
結論
債権者が金銭的補償により満足を得られ、かつ債務者の不利益が著しく大きい場合には、「特別の事情」があるものとして、保証を条件に仮処分を取り消すことができる。
実務上の射程
本判決は旧民訴法下のものだが、現行民事保全法31条の解釈として確立している。答案上は、係争物に関する仮処分であっても、本来の権利保全に固執する必要がない金銭代替的な状況や、債務者側の過酷な不利益(倒産リスク等)を具体的事実から拾い、本枠組みを用いて取消しの可否を論じる際に活用する。
事件番号: 昭和29(オ)335 / 裁判年月日: 昭和31年9月11日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】民事保全法上の特別の事情による仮処分取消において、債権者が仮処分により保全しようとする権利が金銭的賠償によって究極の目的を達し得る場合には、それのみで「特別の事情」に該当し、他の争点を判断せずとも仮処分を取り消すことができる。 第1 事案の概要:上告人は、ある権利を保全するために仮処分命令を得てい…