判旨
売買契約において手付が交付された場合、一方が「履行に着手」するまでは、買主はその手付を放棄し、売主はその倍額を償還して、契約の解除をすることができる。
問題の所在(論点)
民法557条1項の「履行の着手」の意義、および同条項に基づく解除権行使の可否が、物権的意志表示(176条)等の解釈と関連して問題となった。
規範
民法557条1項にいう「履行の着手」とは、客観的に外部から認識し得る形で、債務の履行行為の一部をなし、又は履行の提供をするために欠くことのできない前提行為をしたことを指す。単なる履行の準備だけでは足りないが、必ずしも債務の内容たる本来の給付行為そのものに限定されるものではない。
重要事実
本件では売買契約において手付金が交付された後、契約の履行を巡って争いが生じた。上告人は、原判決が民法176条(物権の設定及び移転)および民法557条1項(手付による解除)の解釈適用を誤っていると主張して上告した。判決文からは具体的な先行行為の内容等の詳細は不明であるが、原審が認定した事実関係に基づき、履行の着手の有無が争点となった事案である。
あてはめ
最高裁は、原判決の判断(大審院昭和7年判例等の趣旨に反しないとする判断)を妥当とした。具体的な事実関係のあてはめ詳細は本判決文からは不明であるが、解釈適用の誤りはないと判示された。一般に、登記手続の協力要請や代金支払の具体的準備等、客観的に履行に向けた密接な行為があれば着手が認められる一方で、内部的な準備に留まる場合は解除が可能と解される。
結論
本件上告は棄却された。原判決の民法557条1項等の適用に違法はなく、相手方が履行に着手する前であれば手付解除が認められるという法理が維持された。
実務上の射程
事件番号: 昭和24(オ)189 / 裁判年月日: 昭和26年11月15日 / 結論: 棄却
家屋の買主が、約定の明渡期限後売主に対ししばしば明渡を求め、かつ、売主が明渡をすればいつでも約定残代金の支払をなし得べき状態にあつたときは、現実に右代金の提供をしなくても、民法第五五七条にいわゆる「契約ノ履行ニ著手」したものと認められる。
手付解除の可否を論じる際の「履行の着手」の定義を明示する根拠となる。答案では、単なる履行の準備(内々の資金調達等)と着手(引渡しの提供や登記申請の督促等)を区別する際の規範として引用し、具体的事実を「客観的外部認識可能性」の観点から評価する際に用いる。
事件番号: 昭和39(オ)597 / 裁判年月日: 昭和40年12月14日 / 結論: 棄却
一 特定物の売買契約にあつて、所有権は契約と同時に移転せず、代金完済と同時に移転すると解しなければならないことはない。 二 建物の買主が終始明渡の要求をなし残代金は即時でも支払いうる状態にあつたこと、および右明渡請求の訴が提起されていたことから、買主においてすでに履行の著手があつたと認めたのは相当である。
事件番号: 昭和29(オ)361 / 裁判年月日: 昭和30年12月26日 / 結論: 棄却
賃借人の居住する家屋の売買で、売主が賃借人に家屋の明渡をなさしめた上これを買主に引渡す約定のある場合、買主が、しばしば売主に対し、賃借人に家屋の明渡をなさしめてこれが引渡をなすべきことを督促し、その間常に残代金を用意し、明渡があればいつでもその支払をなし得べき状態にあつた上、売主が、買主とともに賃借人方に赴き売買の事情…
事件番号: 昭和37(オ)760 / 裁判年月日: 昭和40年11月24日 / 結論: 棄却
一 解約手附の授受された第三者所有の不動産の売買契約において、売主が、右不動産を買主に譲渡する前提として、当該不動産につき所有権を取得し、かつ、自己名義の所有権取得登記を得た場合には、民法五五七条第一項にいう「契約ノ履行ニ著手」したときにあたるものと解するのを相当する。 二 解約手附の授受された売買契約において、当事者…
事件番号: 昭和43(オ)3 / 裁判年月日: 昭和44年5月30日 / 結論: 棄却
一、契約に履行期の約定がある場合であつても、当事者がその履行期前には契約の履行に着手しない旨の合意をしている等特別の事情のないかぎり、その履行期前に民法五五七条一項にいう契約の履行に着手することができないものではない。 二、土地の買主がその売買代金の支払のため銀行支払保証小切手を提供した場合は、右規定にいう契約の履行に…