一 特定物の売買契約にあつて、所有権は契約と同時に移転せず、代金完済と同時に移転すると解しなければならないことはない。 二 建物の買主が終始明渡の要求をなし残代金は即時でも支払いうる状態にあつたこと、および右明渡請求の訴が提起されていたことから、買主においてすでに履行の著手があつたと認めたのは相当である。
一 特定物の売買における所有権移転時期 二 履行の著手があつたと認められた事例
民法176条,民法557条
判旨
売買契約において、買主が目的物の明渡を求め、かつ残代金の支払を即時なし得る状態にある中で提起した明渡請求訴訟の訴状が売主に送達された場合、民法557条1項にいう「履行の着手」に該当し、売主からの手付倍額償還による解除は認められない。
問題の所在(論点)
買主による「建物明渡請求訴訟の提起および訴状の送達」が、民法557条1項の「履行の着手」に該当し、売主による手付解除権の行使が封じられるか。
規範
民法557条1項にいう「履行の着手」とは、客観的に外部から認識し得る形で債務の内容たる履行行為の一部をなし、又は履行の提供をするために不可欠な前提行為をしたことを指す。買主側において、代金支払の準備を完了して履行を求める意思を明確に示し、裁判上の請求に及んだ場合には、契約の継続に対する相手方の期待を保護すべき段階に至ったものとして、履行の着手に該当すると解される。
重要事実
売主(上告人会社)と買主(被上告人)の間で特定物の売買契約が締結された。買主は契約後、終始一貫して物件の明渡を要求し、残代金についても即時支払いが可能な状態を維持していた。その後、買主はやむなく建物明渡を求める本件訴訟を提起し、昭和35年3月3日にその訴状が売主に送達された。これに対し売主は、昭和37年4月2日になって手付金の倍額を提供し、手付解除の意思表示をした。
事件番号: 昭和24(オ)189 / 裁判年月日: 昭和26年11月15日 / 結論: 棄却
家屋の買主が、約定の明渡期限後売主に対ししばしば明渡を求め、かつ、売主が明渡をすればいつでも約定残代金の支払をなし得べき状態にあつたときは、現実に右代金の提供をしなくても、民法第五五七条にいわゆる「契約ノ履行ニ著手」したものと認められる。
あてはめ
本件において買主は、明渡を要求しつつ残代金を即時支払い得る状態にあり、履行の準備を完了していたといえる。その上で明渡請求訴訟を提起し、その訴状が売主に送達された事実は、単なる履行の準備を超え、契約の履行を確定的に求める外部的な行為といえる。このような段階に至っては、売主側において手付倍額償還による一方的な契約消滅を認めるべきではないため、解除の意思表示以前に「履行の着手」があったと解するのが相当である。
結論
本件売買契約は、売主による解除の意思表示より前に買主によって「履行の着手」がなされていたため、手付解除は認められない。したがって、売主の上告は棄却される。
実務上の射程
裁判上の請求が「履行の着手」にあたるか否かの判断基準を示す。単に訴えを提起するだけでなく、代金提供の準備が整っていること等の主観的・客観的状況を併せて検討する際の考慮要素として活用できる。
事件番号: 昭和26(オ)396 / 裁判年月日: 昭和28年9月29日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】売買契約において手付が交付された場合、一方が「履行に着手」するまでは、買主はその手付を放棄し、売主はその倍額を償還して、契約の解除をすることができる。 第1 事案の概要:本件では売買契約において手付金が交付された後、契約の履行を巡って争いが生じた。上告人は、原判決が民法176条(物権の設定及び移転…
事件番号: 昭和29(オ)361 / 裁判年月日: 昭和30年12月26日 / 結論: 棄却
賃借人の居住する家屋の売買で、売主が賃借人に家屋の明渡をなさしめた上これを買主に引渡す約定のある場合、買主が、しばしば売主に対し、賃借人に家屋の明渡をなさしめてこれが引渡をなすべきことを督促し、その間常に残代金を用意し、明渡があればいつでもその支払をなし得べき状態にあつた上、売主が、買主とともに賃借人方に赴き売買の事情…
事件番号: 昭和51(オ)811 / 裁判年月日: 昭和51年12月20日 / 結論: 棄却
借家人の居住する建物及びその敷地の売買で、売主が借家人を立ち退かせたうえで土地建物を買主に引き渡す約定である場合、売主が売買直後ごろ一、二度借家人に立退きを要求しただけでその後は借家人を立ち退かせる努力をせずに放置し、他方、買主は、その間しばしば売買の仲介人に対し借家人を立ち退かせて土地建物を引き渡すよう売主に催告され…
事件番号: 昭和37(オ)760 / 裁判年月日: 昭和40年11月24日 / 結論: 棄却
一 解約手附の授受された第三者所有の不動産の売買契約において、売主が、右不動産を買主に譲渡する前提として、当該不動産につき所有権を取得し、かつ、自己名義の所有権取得登記を得た場合には、民法五五七条第一項にいう「契約ノ履行ニ著手」したときにあたるものと解するのを相当する。 二 解約手附の授受された売買契約において、当事者…