判旨
船舶の衝突事故において、船長が自船の航行上の義務を自覚せず、航法の規定に反して漫然と転針を行い衝突を招いた場合、その過失に基づく免状停止処分は適法である。
問題の所在(論点)
出港船の針路変更が許容される規定(開港港則施行規則10条)がある場合に、船長が他船の前面で左転した行為が「みだりに」なされたものとして過失(海難審判上の懲戒事由)を構成するか。
規範
船舶衝突における責任判定にあたっては、形式的な航法の遵守のみならず、船長が周囲の船舶の動静を正確に把握し、航法規定の趣旨に則った適切な回避措置を執るべき注意義務を負う。航法上の特例規定が存在する場合であっても、それが直ちに恣意的な操船を正当化するものではなく、具体的な状況下で他船との衝突を予防するために必要かつ相当な操船がなされたか否かによって過失の有無を判断する。
重要事実
上告人Aが船長を務めるD丸は、大型連絡船E丸が接近していることを認識していたが、出港船としての自覚を欠き、他船の前面において漫然と左転避譲(みだりに左転)した。E丸の航海士Fは、D丸をイカ釣り船と誤認しており、E丸の右転により航過距離が短縮した。海難審判の結果、Aに対し免許停止1ヶ月の懲戒処分が下されたため、Aがその取消しを求めて提訴した。
あてはめ
上告人Aは、E丸が大型連絡船であることを承知しており、その動静に注意すべき義務があったにもかかわらず、出港船として執るべき態度の自覚を欠き、他船の前面で漫然と左転した。開港港則施行規則10条は、港口付近での針路変更が必要な場合の衝突予防を意図した規定であって、いかなる左転も正当化するものではない。E丸が右転した事実があったとしても、それによってAが漫然と左転したことの正当性が担保されるわけではなく、Aの操船は航法規定に違反した過失ある行為といえる。
結論
上告人の操船には過失が認められ、免許停止1ヶ月の懲戒処分が裁量権の範囲を逸脱した不当なものとはいえない。本件上告は棄却される。
実務上の射程
行政処分(海難審判の懲戒)における過失認定の枠組みを示す。法規上の特例や相手方の義務違反がある場合でも、操船者自身の注意義務違反が否定されるわけではないという「自己の義務の不履行」を重視する判断手法として参考になる。
事件番号: 令和5(行ヒ)2 / 裁判年月日: 令和6年1月30日 / 結論: 破棄差戻
甲船と乙船が衝突した事故について、小型船舶操縦士である甲船の船長が、海上衝突予防法所定の灯火を表示し、乙船の動静を監視していれば上記の衝突を回避することができたことを認定説示することなく、上記灯火を表示せずに甲船を進行させ、乙船を視認した後にその動静を十分に監視することなく甲船を左転させるなどした行為をもって、上記事故…