一、高等海難審判庁の裁決の取消訴訟において、右裁決における事実の認定は、私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律八〇条、八一条、電波法九九条のような規定がない以上、事実審たる裁判所を拘束するものではない。 二、約一七ノツトの速力で航行中の甲船(総トン数九五四七トン)と約八・五ノツトの速力で航行中の乙船(総トン数二三八トン)とが衝突したという海難事件において、甲船の船首が乙船の右舷船尾から約四メートル前方に、前方からほぼ七五度の角度で衝突し、乙船は、船尾を圧壊され、衝突と同時に機関が停止し、自力で航行する能力を失つていたけれども、衝突直後なお行き足があり、甲船の船尾方向に急速に移動して行つたとしながら、特段の事情を判示することなく、乙船が、衝突地点からみて衝突時の船尾方向から約六度半右に振つた方向ないしそれよりもさらに左の方向に、直線距離で六八〇メートル以上離れた地点で沈没したとする認定には、乙船の沈没地点との関係において、両船の衝突地点に関する認定に理由齟齬ないし理由不備の違法がある。 三、船舶衝突海難事件において、一定時刻の測定船位を基点とし、用紙の時刻目盛とコースペンとが性格に装着されていないコースレコードにつき、一定の時差があるものと認定したうえで、その機械的記録を証拠として右測定船位から衝突地点までの船の針路を認定した場合に、右測定船位を基点とし、コースレコードに認定どおりの時差があるものとして認定されていない部分の航跡を求めると、同船が港外に出るためには防波堤を突破することになるという不合理な結果を生ずるときは、右針路の認定には、採証法則を誤つた違法がある。
一、高等海難審判庁の裁決の取消訴訟における右裁決の事実認定の拘束カ 二、船舶衝突海難事件における船舶の衝突地点に関する認定につき沈没地点との関係において理由梱稀ないし理由不備の違法があるとされた事例 三、海難事件における船舶の針路の認定に採証法則違背があるとされた事例
海難審判法4条,海難審判法53条,海難審判法56条,行政事件訴訟法7条,民訴法395条,民訴法394条
判旨
海難原因を明らかにする裁決は行政処分に当たらないが、懲戒の裁決の取消訴訟において裁判所が事実認定を行うことは妨げられず、特段の事情がない限り経験則に反する事実認定を行うことは許されない。
問題の所在(論点)
1. 海難原因の裁決の処分性、および懲戒裁決の取消訴訟における海難審判庁の事実認定の拘束力。2. 物理的な経験則に反する不自然な事実認定が、理由齟齬または採証法則違背として違法となるか。
規範
1. 海難審判法に基づく海難原因の裁決は、それ自体では権利義務を形成しないため行政処分に当たらない。2. 懲戒の裁決の取消訴訟において、裁判所は、独占禁止法等の特別規定がない限り、海難審判庁の認定した事実に拘束されず、独自の証拠調べに基づき事実を認定できる。3. ただし、事実認定において経験則、論理法則、採証法則に反することは許されず、特に不自然な物理的挙動を認めるには、それを納得させるに足りる特段の事情の判示を要する。
重要事実
大型船K丸と小型船L丸が衝突し、L丸が沈没した。高等海難審判庁は本件海難の原因事実を認定し、被上告人に対し懲戒の裁決を下した。これに対し被上告人が裁決の取消しを求めて提訴したところ、原審は海難原因の裁決に対する訴えを却下する一方、懲戒取消しの訴えにおいて、独自の事実認定に基づき裁決を取り消した。しかし、原審が認定した「衝突地点」から「沈没地点」までの距離(約680〜915m)や移動方向は、船の速力や衝突の衝撃、前進惰力に関する専門家の鑑定結果や経験則から導かれる数値と大きく乖離していた。
あてはめ
原審の認定によれば、L丸は衝突後にその船首方向へ数百メートルも惰航したこととなるが、鑑定結果によれば衝突により前進速力は急速に低下し、回頭が生じるため、そのような長距離の惰航は通常考え難い。原審はこの不自然な移動を「ゆるやかに惰航したものと認めるほかはない」とするのみで、異例の移動を説明する特段の事情を何ら示していない。また、K丸のコースレコードの時差修正に関する認定も、修正後の時刻に従うとK丸が物理的に防波堤を突破して航行したことになり、航跡の整合性が取れない。これらは、合理的な理由なく重要証拠を排斥し、経験則に反する認定を行ったものであり、採証法則違背または理由齟齬の違法がある。
結論
原判決には、事実認定において採証法則違背および理由不備・理由齟齬の違法がある。本件海難の原因判定に影響を及ぼす重要な事実認定に誤りがあるため、原判決中上告人敗訴部分を破棄し、更なる審理のため差し戻す。
実務上の射程
行政事件訴訟における裁判所の事実認定権限と、その限界(経験則・論理法則による制約)を示す。専門的な行政庁の認定であっても、裁判所は原則として独自に認定できるが、客観的な物理法則や鑑定結果と矛盾する認定を「特段の事情」なく行うことは許されないという論法で活用できる。
事件番号: 昭和35(オ)1279 / 裁判年月日: 昭和36年4月20日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】海難審判法に基づき海難の原因を明らかにする裁決は、国民の権利義務に直接影響を及ぼす法的効果を持たないため、行政事件訴訟法上の処分性を欠き、その取消訴訟は不適法である。 第1 事案の概要:上告人らは、海難審判法(旧法)に基づき、発生した海難の原因を明らかにした海難審判所の裁決に対し、その取消を求めて…