判旨
金銭債権の弁済の提供において、単に貨幣価値が下落したという一事のみをもって、その提供が債務の本旨に従わないものと解することはできない。
問題の所在(論点)
金銭債務の履行にあたり、契約後の貨幣価値の下落を理由として、額面通りの金額による弁済の提供を「債務の本旨に従わないもの」として拒絶できるか。
規範
債務の本旨に従った弁済の提供(民法493条)にあたるか否かの判断において、履行遅滞等の特別の事情がない限り、単なる貨幣価値の変動という経済的事象は、提供される金員の効力を左右しない。
重要事実
被上告人は訴外Dに対し、和解契約に基づき金8000円の弁済の提供を行った。これに対し上告人は、契約締結時と比較して貨幣価値が著しく下落していることを理由に、当該金額による弁済の提供は債務の本旨に従ったものではないと主張して争った。なお、記録上、被上告人に履行遅滞の責があるなどの特別の事情は主張されていなかった。
あてはめ
金銭債務は特段の合意がない限り、その名目額の支払いを内容とするものである。本件において、被上告人に履行遅滞がある等の「特別の事情」は認められない。そうであれば、単に経済情勢の変化により貨幣価値が下落したという事情は、債務の性質や内容を変容させるものではない。したがって、約定の金額を提供している以上、それは債務の本旨に従った有効な提供であると評価される。
結論
貨幣価値の下落のみを理由に弁済の提供を無効とすることはできず、本件の弁済の提供は債務の本旨に従ったものとして有効である。
実務上の射程
金銭債務における名目額主義を確認した判例である。事情変更の原則を金銭債務の額面判断に適用することに対し極めて慎重な態度を示しており、答案上は、インフレ等の経済状況の変化があっても、履行遅滞等の帰責事由がない限り、原則として名目額の提供で足りることを論証する際に活用できる。
事件番号: 昭和29(オ)234 / 裁判年月日: 昭和33年2月20日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】債務者が支払の確実な小切手を提供し、債権者が従来同様の支払を異議なく受領していた事情がある場合、その提供は信義則上、現金の提供と同一視され適法な弁済の提供となる。また、売買目的物の範囲に一部誤認があったとしても、それが土地の特定の範囲の問題に過ぎない場合は、契約全体の要素の錯誤(民法95条)には当…
事件番号: 昭和24(オ)209 / 裁判年月日: 昭和26年4月19日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】法律行為の要素に錯誤があるというためには、意思表示の時点において当該事情が契約の必須の要件とされている必要がある。契約成立後に生じた事情や合意は、特段の事情がない限り、契約締結時における意思表示の要素の錯誤を構成しない。 第1 事案の概要:上告人(売主)は本件家屋の売買契約を締結したが、後に「期限…
事件番号: 昭和40(オ)1498 / 裁判年月日: 昭和41年5月27日 / 結論: 棄却
債務者が、被担保債権額以下の実価を有する抵当不動産を相当な価格で売却し、その代金を当該債務の弁済に充てて抵当権の消滅をはかる場合には、右不動産売却行為は、民法第四二四条所定の債権者を害する行為にはあたらない。
事件番号: 昭和36(オ)258 / 裁判年月日: 昭和39年12月22日 / 結論: 破棄差戻
貸金債権を担保する不動産の売買予約完結権につき右債務を弁済したときは予約完結権のための所有権移転請求権保全の仮登記を抹消する旨の調停が成立した場合において、調停条項に右予約完結権の行使の効果について明記されておらずその他判示事情のもとでは、右調停により、前記予約完結権の行使の効果が当初の代物弁済的性質から、いわゆる清算…
事件番号: 昭和46(オ)503 / 裁判年月日: 昭和49年10月23日 / 結論: 破棄差戻
一、債権者が、金銭債権の満足を確保するために、債務者との間にその所有の不動産につき、代物弁済の予約、停止条件付代物弁済契約又は売買予約により、債務の不履行があつたときは債権者において右不動産の所有権を取得して自己の債権の満足をはかることができる旨を約し、かつ、停止条件付所有権移転又は所有権移転請求権保全の仮登記をしたと…