判旨
法律行為の要素に錯誤があるというためには、意思表示の時点において当該事情が契約の必須の要件とされている必要がある。契約成立後に生じた事情や合意は、特段の事情がない限り、契約締結時における意思表示の要素の錯誤を構成しない。
問題の所在(論点)
契約締結後に発生した合意や事情を根拠として、契約締結時における「法律行為の要素」に錯誤があったと認められるか。言い換えれば、錯誤の成否を判断する基準時はいつか。
規範
民法95条(改正前民法95条)の「要素の錯誤」が認められるためには、表意者が意思表示をした時点において、当該事実を法律行為の不可欠な内容とする意思を有していたことが必要である。契約締結後に生じた事情や、契約成立後の合意に基づいて遡及的に錯誤を主張することは、意思表示の構造上認められない。
重要事実
上告人(売主)は本件家屋の売買契約を締結したが、後に「期限の定めのない買戻しの特約」を契約締結の必須の要件としていたとして、要素の錯誤による無効を抗弁として主張した。しかし、事実認定によれば、売買成立後に上告人が妻の反対を受けて困却し、その後に被上告人(買主)との間で、将来転売する際には上告人に優先的に交渉する旨の合意(予約的な内容)がなされたに過ぎなかった。
あてはめ
上告人が主張する「買戻しの特約を必須の要件とする意思」は、本件売買契約の成立後に、妻の反対という後発的事由によって生じた事情に過ぎない。原審の認定によれば、契約成立後に優先交渉権程度の合意がなされた事実は認められるものの、これは契約締結当時の意思表示の内容そのものに錯誤があったことを裏付けるものではない。したがって、意思表示の時点において要素の錯誤が存在したとはいえない。
結論
契約成立後の事情を理由とする錯誤の抗弁は認められない。上告人の主張は前提となる事実を欠き、本件売買契約は有効である。
事件番号: 昭和39(オ)406 / 裁判年月日: 昭和39年9月25日 / 結論: 棄却
原判決の認定した事情のもとでは、本件土地の売買契約においては、軍用地として使用されるべきことが右売買の動機として相手方たる大阪府に表示されているものであつて、本件土地が軍のため使用されないようなときには、重要な事実について売主たる学校法人は錯誤であつたものとして、右売買は無効である。
実務上の射程
錯誤の主張において「基準時」が意思表示時であることを明確にする事案である。答案作成上は、動機の錯誤が問題となる場面で、その動機がいつ形成され、いつ表示されたか(あるいは黙示の合意があったか)を時間軸に沿って整理する際の論拠として活用できる。特に本判決のように、契約後の後悔や状況変化を錯誤にすり替える主張を排除する理屈として有用である。
事件番号: 昭和24(オ)249 / 裁判年月日: 昭和26年6月29日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】金銭債権の弁済の提供において、単に貨幣価値が下落したという一事のみをもって、その提供が債務の本旨に従わないものと解することはできない。 第1 事案の概要:被上告人は訴外Dに対し、和解契約に基づき金8000円の弁済の提供を行った。これに対し上告人は、契約締結時と比較して貨幣価値が著しく下落しているこ…
事件番号: 昭和29(オ)234 / 裁判年月日: 昭和33年2月20日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】債務者が支払の確実な小切手を提供し、債権者が従来同様の支払を異議なく受領していた事情がある場合、その提供は信義則上、現金の提供と同一視され適法な弁済の提供となる。また、売買目的物の範囲に一部誤認があったとしても、それが土地の特定の範囲の問題に過ぎない場合は、契約全体の要素の錯誤(民法95条)には当…
事件番号: 昭和44(オ)1009 / 裁判年月日: 昭和45年6月2日 / 結論: その他
甲が、融資を受けるため、乙と通謀して、甲所有の不動産について売買がされていないのにかかわらず、売買を仮装して甲から乙に所有権移転登記手続をした場合において、乙がさらに丙に対し右融資のあつせん方を依頼して右不動産の登記手続に必要な登記済証、委任状、印鑑証明書等を預け、丙がこれらの書類により乙から丙への所有権移転登記を経由…