漁船の機関室で甲社と乙社の作業が並行して行われた際、甲社の作業員の過失によりアンモニアガスが漏出して乙社の作業員が死亡した場合において、甲乙両社に漁船の整備点検を分割発注した注文者が労働安全衛生法三〇条二項前段による指名をしていなかったとしても、当日予定されていた甲社の作業にはアンモニアガス漏出の危険性のあるものはなく、事故の原因となった作業は甲社の作業員がその場の思い付きで行ったものであるなど判示の事実関係の下では、注文者が右指名をしなかったことと事故との間に相当因果関係があるとはいえない。
注文者が労働安全衛生法三〇条二項前段による指名をしなかったことと作業員の死亡事故との間に相当因果関係がないとされた事例
民法709条,労働安全衛生法30条1項,労働安全衛生法30条2項
判旨
注文者が労働安全衛生法30条2項に基づく措置義務者の指名を怠ったとしても、請負人の従業員がその場の思い付きで行った予定外の危険な作業による事故は、指名義務違反と相当因果関係がない。指名により期待される連絡調整や巡視の範囲を超えた予測困難な事態については、法的責任を負わないとするのが相当である。
問題の所在(論点)
分割発注者が労働安全衛生法30条2項前段に基づく措置義務者の指名を怠った場合において、請負人の従業員による「予定外の思い付きの作業」により発生した事故との間に相当因果関係が認められるか。
規範
不法行為に基づく損害賠償責任が認められるためには、義務違反行為と損害との間に相当因果関係が必要である。法令上の義務(本件では労働安全衛生法30条2項の指名義務)を尽くしたとしても、加害者の偶発的・予測不可能な行動による事故が回避できなかったと認められる場合には、当該義務違反と事故との間の相当因果関係は否定される。
重要事実
船主(上告人)は船舶の整備を3社に分割発注したが、労働安全衛生法上の特定元方事業者等の指名を行わなかった。請負会社Gの従業員Hは、アンモニアガス漏出の危険がない準備作業を命じられていたが、作業中にその場の思い付きで、契約外かつ危険なコンデンサーの油抜き作業を無断で開始した。その際、ガス漏出防止措置を怠ったため、アンモニアガスが噴出し、同じ機関室で別作業をしていた他社の作業員4名が死亡した。
あてはめ
第一に、仮に指名がなされていても、指名された者が「従業員がその場の思い付きで予定外の危険な作業を行うこと」まで予測することは困難であり、事前の連絡調整によって並行作業を避けることはできなかったといえる。第二に、指名者に課される作業場所の巡視義務は、労働安全衛生規則上「毎作業日に少なくとも1回」程度のものであるから、突発的な思い付きによる行為を現認することは期待できない。したがって、指名義務を尽くしていても本件事故の結果は回避できなかったと評価される。
結論
上告人が指名義務を怠ったことと、本件事故との間に相当因果関係があるとはいえないため、民法709条に基づく上告人の損害賠償責任は否定される。
実務上の射程
行政上の管理義務違反がある場合でも、民事上の相当因果関係の判断においては、義務履行によって「具体的にどの程度の事故回避が可能であったか」が厳格に検討される。特に、専門業者の現場作業員の突発的・逸脱的な行動については、注文者側の管理義務の射程外とされる傾向にあることを示す判例である。
事件番号: 昭和62(オ)1047 / 裁判年月日: 平成2年11月8日 / 結論: 棄却
運航委託契約により船舶の運航を受託した者が、船舶を自己の業務の中に一体的に従属させ、船内事故の被害者で直接の契約関係にない船長に対し指揮監督権を行使する立場にあり、船長かち実質的に労務の供給を受けていたという事実関係の下においては、右受託者は、船長に対し信義則上の安全配慮義務を負う。