原判決が訴因に「道路右側を北方に向つて歩行中の被害者に接触した」とあるのを訴因変更の手続を履まずに「道路左寄りから斜め右北方に向つて道路中央因りに出て来た被害者に接触した」という事実を認定したことは所論のとおりであるけれども、いずれにしても被告人が前方注視義務を怠つたことによつて道路上を歩行中の被害者に自己の運転する軽自動車を接触させたことについては同一であり、かかる細部の点に関する訴因事実の訂正は、訴因変更の手続を履まなくとも被告人の防禦に実質的な不利益を与えるものとは認められないから、原判決にはこの点において所論のような違反はない。
訴因変更の手続を要しない事例。
刑訴法312条
判旨
裁判所は、訴因と認定事実が細部において異なっても、被告人の防禦に実質的な不利益を与えるものでない限り、訴因変更の手続を経ることなく事実を認定することができる。
問題の所在(論点)
訴因に記載された被害者の歩行位置や動態と異なる事実を裁判所が認定する場合、刑事訴訟法312条1項の訴因変更手続を要するか。特に、その差異が「防禦の実質的不利益」をもたらすか否かが問題となる。
規範
裁判所が訴因変更の手続(刑訴法312条1項)を要するか否かは、認定された事実が訴因記載の事実と同一性の範囲内にあるか、及び、その事実の認定が被告人の防禦に実質的な不利益を与えるか否かによって判断される。具体的には、認定された事実の変化が事案の細部にとどまり、被告人の防禦に実質的な不利益を与えない場合には、訴因変更手続は不要である。
重要事実
被告人は軽自動車の運転中、前方注視義務を怠り歩行中の被害者に接触させたとして起訴された。訴因では被害者の位置が「道路右側を北方に向かって歩行中」とされていたが、原判決は訴因変更手続を経ずに「道路左寄りから斜め右北方に向かって道路中央寄りに出てきた」という事実を認定した。弁護人は、これが訴因変更手続を欠く違法なものであると主張して上告した。
事件番号: 平成12(あ)1242 / 裁判年月日: 平成15年2月20日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】訴因における過失の態様を具体化・補充する程度の認定であれば、訴因変更手続を経る必要はないが、第一審判決に事実誤認がある場合には、訴因変更命令義務の有無にかかわらず当該判決は破棄されるべきである。 第1 事案の概要:被告人が「進路前方を注視せず、進路の安全を確認しなかった」という過失の態様で起訴され…
あてはめ
本件において、被告人が前方注視義務を怠り道路上の歩行者に接触させたという基本的な事実に変わりはない。被害者の道路上の位置や動きに関する認定の差異は、事案の細部に関する訂正にすぎない。このような細部の変更は、被告人の防禦に実質的な不利益を与えるものとは認められないため、訴因変更の手続は不要であると解される。
結論
被告人の防禦に実質的な不利益を与えない細部の事実認定の変更であれば、訴因変更手続を経る必要はない。本件の認定は適法である。
実務上の射程
訴因変更の要否に関する「防禦不利益説」を実務上確立した判例の一つ。答案上では、主要な義務違反や構成要件的要素に変化がない限り、態様の細部(本件では衝突場所のわずかなずれ)の認定には訴因変更は不要であるとする根拠として引用できる。
事件番号: 昭和44(あ)995 / 裁判年月日: 昭和46年6月22日 / 結論: 破棄差戻
被告人の過失が、訴因においては、濡れた靴をよく拭かずに履いていたため、一時停止の状態から発進するにあたりアクセルとクラツチペタルを踏んだ際足を滑らせてクラツチペルから左足を踏みはずした過失であるとされているのに対し、交差点前で一時停止中の他車の後に進行接近する際ブレーキをかけるのを遅れた過失であると認定するには、訴因の…
事件番号: 昭和29(あ)4059 / 裁判年月日: 昭和32年1月24日 / 結論: 棄却
所論「轢過」と「接触」との相違のごときは、公訴事実の同一性は勿論、訴因の同一性をも害するものとはいえないから、所論の訴訟法違反も認められない。