業務上過失傷害事件について,第1審裁判所には検察官に対し訴因変更を促し又はこれを命ずる義務があるとした原判決には,法令違反があるが,原判決を破棄しなければ著しく正義に反するとは認められないとされた事例
刑法(平成13年法律第138号による改正前のもの)211条前段,刑訴法312条1項,刑訴法312条2項,刑訴法411条
判旨
訴因における過失の態様を具体化・補充する程度の認定であれば、訴因変更手続を経る必要はないが、第一審判決に事実誤認がある場合には、訴因変更命令義務の有無にかかわらず当該判決は破棄されるべきである。
問題の所在(論点)
訴因に記載された過失の態様をより具体化した事実を認定する際、訴因変更手続(刑訴法312条1項)を要するか。また、訴因変更命令義務の不行使を理由とする破棄自判の当否が問題となる。
規範
訴因変更手続(刑事訴訟法312条1項)の要否は、審判対象の画定および被告人の防御権行使の観点から決定される。検察官が提示した当初の訴因に含まれる過失の態様を、実質的に同一の範囲内で具体的に補充・訂正するにすぎない認定を行う場合には、訴因変更の手続を経る必要はない。
重要事実
被告人が「進路前方を注視せず、進路の安全を確認しなかった」という過失の態様で起訴された事案において、原判決(二審)は、被告人が「進路前方を注視せず、ハンドルを右方向に転把して進行した」という過失を認定した。第一審は、検察官に訴因変更を促す等の措置を講じずに無罪判決を言い渡したが、原審はこれを審理不尽の違法があるとして破棄し、有罪を言い渡した。
あてはめ
本件で認定された「ハンドルを右方向に転把して進行した」という事実は、当初の訴因である「前方を注視せず安全を確認しなかった」という過失の態様を補充訂正したにとどまる。これは訴因の範囲内での具体的な事実認定であり、被告人の防御に実質的な不利益を与えるものではないため、訴因変更手続は不要である。原判決が訴因変更手続を前提に審理不尽とした点は誤りであるが、第一審判決に事実誤認がある以上、結論において破棄は正当である。
事件番号: 昭和44(あ)995 / 裁判年月日: 昭和46年6月22日 / 結論: 破棄差戻
被告人の過失が、訴因においては、濡れた靴をよく拭かずに履いていたため、一時停止の状態から発進するにあたりアクセルとクラツチペタルを踏んだ際足を滑らせてクラツチペルから左足を踏みはずした過失であるとされているのに対し、交差点前で一時停止中の他車の後に進行接近する際ブレーキをかけるのを遅れた過失であると認定するには、訴因の…
結論
訴因変更手続を要しない事項について訴因変更命令義務違反を認めた原判決の判断は法令解釈の誤りであるが、第一審判決の事実誤認を理由とする破棄の結論自体は正当であり、上告は棄却される。
実務上の射程
訴因変更の要否(特に過失犯における態様の具体化)と、訴因変更命令義務の限界に関する判断枠組みを示す。答案上では、認定事実が当初訴因の「補充・訂正」に留まるか、それとも「過失の性質そのものの変更」に至るかを区別する際の指標として活用する。
事件番号: 昭和44(あ)2105 / 裁判年月日: 昭和46年11月26日 / 結論: 破棄差戻
被告人の過失が、訴因においては、酒に酔い注意力が散漫になつたのであるから運転を断念すべきであるのに自車の運転を開始し、的確な前方注視ができないまま漫然進行した過失であるとされているのに対し、自車を運転進行中、路上に仰臥していた被害者を発見して一旦停止し、下車して同人を道路左端に移し再び発進した際、右被害者の動静に注意し…