原判決の認定によれば、A証券株式会社は、昭和二六年八月二一日、BからC鉱業株式会社株式三〇〇株の買付委託を受け、同日及び同月二七日の二回に、買付委託手数料を含めた買付代金当て合計金五一、七五〇円を受取り、同証券会社は翌八月二八日D証券取引所市場において、右委託を受けた三〇〇株を含む同株式六〇〇株を買付け、その市場の受渡は同年九月一日行われ、したがつて同証券会社が右市場より受渡を受けた六〇〇株のうちには、Bよりの買付委託株三〇〇株を包含しておるものであり且つBへの受渡期日も既に到来したものであるところ、当時同証券会社は資金難から営業不振の状態にあつたため、同社社長たる被告人は同日、被告人自ら又は少なくとも自社社員に命じ若しくは指示して右六〇〇株全部をEに他に売却処分したものであるというのである。なるほど原判決には、横領罪の構成要件たる「他人の物」といい得るに至つた点についての理論的の判示のうち稍々正確を欠くものがあるけれども、上示原判決の認定した如き本件事実関係のもとにおいては、これを業務上横領罪が成立するものとした原判決の結論は結局正当に帰する。
業務上横領罪の成立する事例。
刑法253条
判旨
証券会社が顧客から株式の買付委託を受けて代金を受領し、市場で当該株式の受渡を受けた場合、その株式のうち委託分については「他人の物」にあたり、これを他に売却処分する行為は業務上横領罪を構成する。
問題の所在(論点)
証券会社が市場で受渡を受けた株式について、顧客への引渡しを完了する前の段階で、当該株式が業務上横領罪の客体である「他人の物」に該当するか。
規範
業務上横領罪(刑法253条)の客体である「他人の物」とは、受託者が委託の本旨に従って占有する他人の所有物を指す。証券取引において、特定の株式の買付委託を受け、代金の支払と引き換えに市場で受渡を完了したときは、特段の事情がない限り、その株式は委託者の所有に属するものと解するのが相当である。
重要事実
証券会社の社長である被告人は、顧客Bから株式300株の買付委託を受け、買付代金合計5万1750円を受領した。被告人は証券取引所市場において、Bの委託分を含む計600株を買付け、市場での受渡を完了した。これによりBへの受渡期日も到来していたが、被告人は自社の資金難を理由に、同日、受渡を受けた600株すべてを第三者に売却処分した。
あてはめ
本件では、被告人の会社はBから代金を受領した上で、市場において委託に係る300株を含む株式の受渡を現に受けている。この時点で、市場から受領した株式のうちBの委託分については、実質的にBの所有に帰属するもの(「他人の物」)になったと評価できる。にもかかわらず、被告人は自己の占有下にあるこれら株式を、委託の趣旨に反して第三者に売却しており、不法領得の意思の発現としての処分行為が認められる。
結論
被告人の行為には業務上横領罪が成立する。したがって、同罪の成立を認めた原判決の結論は正当である。
実務上の射程
証券取引や不動産取引等の他人の事務を処理する者が、委託に基づいて取得し、本人に引き渡すべき状態にある物件を勝手に処分した場合の典型的な処断例である。「他人の物」の解釈において、民法上の所有権移転の有無のみならず、委託関係に基づく実質的な帰属に着目する実務上の運用を裏付けている。
事件番号: 昭和28(あ)984 / 裁判年月日: 昭和30年10月10日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】他人の事務を処理する者が、その地位を利用して自己の利益を図る目的で、委託の趣旨に反して財産を処分した場合には、背任罪ではなく業務上横領罪が成立する。 第1 事案の概要:被告人は教区の業務に従事していたが、特定の個人(A)に対する出資や、他の個人(Bほか2名)に対する貸付を行った。これらの行為は、教…
事件番号: 昭和40(あ)1027 / 裁判年月日: 昭和41年9月6日 / 結論: 棄却
有価証券の信用取引において、証券業者が、顧客から保証金の代用として預託を受けた有価証券につき、顧客の同意の範囲外である売却処分をしたときは、業務上横領罪が成立する。