原審の認定した事実によれば、所論団体交渉の席上被告人が会社側職員に対し労働者側の要求を受諾しないならば、会社に対する辞職願を書けと申向けこれに応じなければ同人等の身体、自由等に対し如何なる危害が及ぶかもしれないと感ぜしめるような態度を示して脅迫し、よつてその場において同人等をして会社に対する辞職願を作成の上交附せしめて、同人等をして義務のないことを行わしめたというのであつて、かかる被告人の所為が旧労働組合法一条一項の目的達成のためにする正当行為と目し得ないものであることは多言を要しないところである。
刑法第二二三条第一項にいわゆる強要罪にあたる一事例 ―限界を超えた争議行為―
憲法28条,旧労働組合法(昭和24年法律174号による改正前のもの)1条,刑法223条,刑法35条
判旨
憲法28条が保障する団体行動権は無制限ではなく、使用者の自由意思を剥奪・抑圧するような暴力・脅迫的行為は正当な争議行為の範囲を逸脱し、刑法35条による違法性阻却は認められない。
問題の所在(論点)
団体交渉の場において行われた脅迫的言動による強要行為について、憲法28条および労働組合法1条に基づく正当な争議行為として、刑法35条(正当業務行為)により違法性が阻却されるか。
規範
憲法28条の保障は、国民の平等権や自由権、財産権等の基本的人権に優位するものではなく、使用者側の自由意思を剥奪し、または極度に抑圧するような行為までも容認するものではない。労働組合法1条2項(旧法)が定める正当な行為による刑法35条の適用は、同条1項の目的達成のためにした正当な範囲内の行為に限定される。したがって、団体交渉の場であっても、刑法上の暴行罪や脅迫罪に該当する行為が行われた場合には、正当な行為とは認められず、違法性は阻却されない。
重要事実
被告人は、労働組合による団体交渉の席上において、会社側職員であるAおよびBに対し、労働者側の要求を受諾しないのであれば辞職願を書けと要求した。その際、要求に応じなければ身体や自由等に対して何らかの危害が及ぶかもしれないと感知させるような威圧的な態度を示して両名を脅迫し、義務のない辞職願を無理やり作成・交付させた。
あてはめ
本件における被告人の行為は、会社側職員に対して危害を予感させる態度で辞職を迫るものであり、刑法上の脅迫に該当する。このような行為は、使用者側の自由意思を剥奪・抑圧するものであり、憲法28条が想定する団結権・団体交渉権等の正当な行使の範囲を明らかに逸脱している。労働組合法の目的を達成するために必要な「正当な行為」とは評価できず、他者の基本的人権を侵害する態様での権利行使は許容されない。したがって、刑法35条の適用を受ける余地はないと解される。
結論
被告人の行為は正当な争議行為に該当せず、強要罪(判決文の文脈上、義務のないことを行わせる行為)等の刑事責任を免れない。上告棄却。
実務上の射程
争議行為の正当性の限界を画するリーディングケースの一つ。特に「使用者側の自由意思の剥奪・抑圧」を基準に、暴力・脅迫を伴う行為が刑事罰の対象となることを明示している。答案上では、争議行為が刑法上の構成要件に該当する場合の違法性阻却(刑法35条、労組法1条2項)の可否を判断する際の規範として活用できる。
事件番号: 昭和26(れ)2508 / 裁判年月日: 昭和27年6月3日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】労働組合による団体交渉等の活動であっても、不法な団体的圧力を背景に他人の身体・意思の自由を著しく拘束して義務のないことを行わせる行為は、正当な組合活動の範囲を逸脱し、強要罪(刑法223条)を構成する。 第1 事案の概要:被告人ら3名は、互いに意思を通じ、不法な団体的圧力を背景として、被害者A、B、…
事件番号: 昭和35(あ)2920 / 裁判年月日: 昭和36年7月6日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】労働組合による行為であっても、多数で長時間取り囲み、脅迫を用いて相手方の自由意思を抑圧し、義務のないことを行わせる行為は、正当な組合活動の範囲を逸脱し、違法性を有する。 第1 事案の概要:被告人らは、労働組合の活動として、他の多数の組合員らと共に長時間にわたって被害者Aを取り囲んだ。その際、被告人…