引受の記載が振出の記載に先立つてなされた場合であつても、結局正当に振出された為替手形に他人の署名を冐用して虚偽の引受に関する記載をなしたことに帰するのであるから有価証券虚偽記入罪に問擬した原判示は正当である。
為替手形振出の記載に先立つて、虚偽の引受の記載をなすことと有価証券虚偽記入罪の成否
刑法162条2項
判旨
有価証券の「虚偽の記入」とは、有価証券の振出以外の事項について、名義を冒用して記載を行うことをいう。引受の記載が振出より先になされた場合であっても、最終的に正当に振出された手形に虚偽の引受がなされたのと同視できるときは、有価証券虚偽記入罪が成立する。
問題の所在(論点)
為替手形の振出(基本的事項の完成)に先立って、他人の名義を冒用して引受の記載を行う行為が、有価証券虚偽記入罪(刑法162条2項)にいう「虚偽の記入」にあたるか。
規範
有価証券虚偽記入罪(刑法162条2項)における「虚偽の記入」とは、既に成立している有価証券、または同時に成立しようとしている有価証券に対し、振出以外の記載事項について名義を冒用して事実に反する記載を行うことを指す。記載の前後関係にかかわらず、最終的に有価証券としての形態を整える過程で、権限なく他人の名義を用いて引受等の文言を記入する行為はこれに該当する。
重要事実
被告人は、行使の目的で為替手形用紙の引受欄に、他人の承諾なく「合名会社A商店代表社員B」と署名し、偽造印を押捺した。その上で、事情を知らないCに対し、Bが引受をするからこれで借金をしてほしいと持ちかけ、Cを振出人とする金額10万円の為替手形1通を作成させた。すなわち、形式上は振出の記載よりも先に、冒用による引受の記載が行われていた。
事件番号: 昭和28(あ)5589 / 裁判年月日: 昭和32年1月17日 / 結論: 棄却
刑法第一六二条第二項にいわゆる「虚偽ノ記入」とは、既成の有価証券に対すると否とを問わず、有価証券に真実に反する記載をするすべての行為をいう。
あてはめ
被告人は、将来的に為替手形として完成することを見越して、あらかじめ引受欄に他人名義を冒用して記載を行っている。この点、引受の記載が振出の記載に先立ってなされたとしても、その後に情を知らない振出人によって正当に手形が作成された以上、客観的には正当に振出された為替手形に他人の署名を冒用して虚偽の引受に関する記載をなしたことと異ならない。したがって、有価証券の重要事項について偽造を行ったものと解される。
結論
被告人の行為は、有価証券虚偽記入罪を構成する。引受の記載が振出に先行していても、同罪の成立を妨げない。
実務上の射程
有価証券の作成過程において、振出と付随的記載(引受・裏書等)の順序が逆転していても、最終的に一通の有価証券として完成する予定があれば「虚偽の記入」として処罰し得ることを示している。答案上は、有価証券偽造罪と虚偽記入罪の区別(振出名義か否か)を論じた上で、作成手続の前後が罪責に影響しない根拠として本判例の論理を援用できる。
事件番号: 昭和37(あ)208 / 裁判年月日: 昭和38年5月30日 / 結論: 棄却
行使の目的をもつて、振出人欄に他人名義を冒用して約束手形を偽造し、かつその裏書人欄に他人名義を冒用して虚偽の記入をし、その表裏の記入を相合して裏書担保のある約束手形を作成したときは、これらの行為は包括的に刑法第一六二条第一項の有価証券偽造の一罪を構成する。
事件番号: 昭和27(あ)4689 / 裁判年月日: 昭和34年7月14日 / 結論: 棄却
本件A不動産株式会社増資新株式申込証拠金領収書は刑法一六二条所定の有価証券に当たる。
事件番号: 昭和36(あ)572 / 裁判年月日: 昭和36年9月26日 / 結論: 棄却
行使の目的を以てほしいままに、他人振出名義の小切手の金額欄の数字を改ざんする行為は、有価証券の変造であつて、偽造ではない。