行使の目的を以て外形上一般人をして真正に成立したものと誤信せしめるに足りる程度に約束手形を偽造すれば、たとえ、その振出名義人が実在しない架空の者であつても、有価証券偽造罪は成立する。
虚無人名義の約束手形の作成と有価証券偽造罪の成立
刑法162条1項
判旨
有価証券偽造罪における「偽造」は、行使の目的で、外形上一般人が真正な証券と誤信させるに足りる程度に作成されれば足り、名義人が実在しない仮空の者であっても成立する。
問題の所在(論点)
振出人が実在しない架空の人物(仮空人)名義である場合や、記載された住所・銀行等の内容が客観的事実と異なる場合に、有価証券偽造罪が成立するか。
規範
有価証券偽造罪(刑法162条1項)は、証券の流通性及び一般取引の信頼を保護するものである。したがって、行使の目的をもって、外形上一般人をして真正に成立した有価証券と誤信せしめるに足りる程度の形式・外観を備えて作成されていれば、たとえ名義人が実在しない仮空の者であり、記載事項の一部が真実に合致しなくても、同罪は成立する。
重要事実
被告人は、行使の目的で、実在しない「A会」「会長 B」を振出人とする約束手形4通を作成した。当該手形には、振出日、収入印紙の貼用及び消印、ゴム角印の押印等があり、形式が整っていた。しかし、振出人の肩書住所地が実在しない地名であったり、支払場所として指定された銀行が振出当時すでに解散していたりする不備があった。
事件番号: 昭和36(あ)2706 / 裁判年月日: 昭和38年12月6日 / 結論: 棄却
被告人が、設立準備中の会社である「甲株式会社」の発起人代表乙の承諾を得たとしても、右会社の設立前に行使の目的をもつて、振出人を「甲株式会社代表取締役乙」と表示、押印して、いかにも実在する右会社が振出したものと誤信させるような約束手形を作成するときは、架空の会社の代表資格を冒用したものとして、有価証券偽造罪が成立する。
あてはめ
本件約束手形は、振出日の記載、印紙の貼用・消印、角印の押印などの外観を具備している。たとえ振出人名義が実在しない仮空の者であり、住所地が存在せず、あるいは支払場所の銀行が解散済みであったとしても、その形式・外観からすれば、一般人をして真正に成立した約束手形と誤信せしめるに足りる危険性があるといえる。したがって、有価証券偽造罪の客観的要件を満たす。
結論
名義人が実在しない場合や記載内容が不実であっても、一般人が真正なものと誤信させるに足りる外観を備えていれば、有価証券偽造罪が成立する。
実務上の射程
仮空人名義の文書作成に関するリーディングケースである。有価証券だけでなく文書偽造全般において、公共の信用の保護の観点から「一般人を誤信させるに足りる形式」の有無を重視する判断枠組みとして活用できる。答案では「偽造」の定義(名義人と作成者の人格的同一性の偽装)を述べた後、名義人が仮空であっても一般人の信頼を害する危険がある点を示す際に引用する。
事件番号: 昭和35(あ)493 / 裁判年月日: 昭和35年6月21日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】有価証券偽造罪及び同虚偽記入罪の成立には、その名義の被冒用者が実在人であることを要しない。本判決は、被冒用者の実在性を要件としていた大審院時代の判例は既に変更されていることを確認したものである。 第1 事案の概要:被告人両名が有価証券偽造罪乃至同虚偽記入罪に問われた事案。弁護人は、大審院の判例に基…
事件番号: 昭和28(あ)1481 / 裁判年月日: 昭和34年6月12日 / 結論: 棄却
行使の目的を以つて、擅に設立中の会社名義の売買契約書を作成したときは私文書偽造罪が成立する。
事件番号: 昭和28(あ)3367 / 裁判年月日: 昭和30年6月21日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】実在しない架空の公務員名義を用いた文書であっても、一般人が公務員により作成された真正な文書と誤認するに足りる外観を備えている場合には、公文書偽造罪が成立する。 第1 事案の概要:被告人は、実際には存在しない「A検査員B」という架空の公務員名義を用いて文書を作成し、これを行使した。第一審判決および原…