被告人が、設立準備中の会社である「甲株式会社」の発起人代表乙の承諾を得たとしても、右会社の設立前に行使の目的をもつて、振出人を「甲株式会社代表取締役乙」と表示、押印して、いかにも実在する右会社が振出したものと誤信させるような約束手形を作成するときは、架空の会社の代表資格を冒用したものとして、有価証券偽造罪が成立する。
有価証券偽造罪が成立するとされた事例。
刑法162条1項,商法57条
判旨
設立準備中の未実在会社の代表者名を冒用して約束手形を作成する行為は、たとえ当該代表者とされる者の承諾があっても、有価証券偽造罪を構成する。
問題の所在(論点)
未実在の会社を振出人とし、その代表者名を冒用して有価証券を作成する行為が、仮に名義人とされた個人の承諾を得ていたとしても、刑法162条1項の有価証券偽造罪に該当するか。
規範
有価証券偽造罪における「偽造」とは、作成権限がないのに他人名義の証券を作成することをいう。実在しない法人名義であっても、一般人に実在するものと誤信させる外観を備え、公共の信用を害するおそれがある場合には、架空の代表資格を冒用したものとして「偽造」に該当する。また、名義人となるべき個人から承諾を得ていたとしても、法人が実在しない以上、有効な代理・代表権限を授与することは不可能であり、偽造の成立を妨げない。
重要事実
被告人は、行使の目的をもって約束手形を作成した。その際、振出人として「株式会社A代表取締役B」と記載し、その印を押捺した。しかし、当時「株式会社A」は設立準備中であり、法人として実在していなかった。また、発起人代表であるBも、同社の代表取締役には就任していなかった。被告人は、これらの事実を知りながら、あたかも実在する株式会社Aが振り出したかのような体裁で手形を作成した。なお、作成にあたってはBの承諾を得ていた。
あてはめ
本件において、被告人が手形に表示した「株式会社A」は実在しない法人であり、Bもその代表取締役ではない。被告人はこの事実を認識しながら、一般人に実在の会社による振出しと誤信させる外観を有する手形を作成しており、有価証券に対する公共の信用を害する危険がある。また、Bが承諾を与えていたとしても、存在しない会社の代表者としての権限を授与することは法的不可能であり、被告人に正当な作成権限があったとは認められない。したがって、架空の会社の代表資格を冒用したものと評価される。
結論
被告人の行為には有価証券偽造罪が成立する。
実務上の射程
本判決は、法人格を冒用した偽造の事案において、名義人となるべき個人(本件ではB)の承諾があっても、法人が実在しない場合には「作成権限」が否定されることを示した。答案上は、文書偽造における「作成権限の範囲」や、代理・代表権限の逸脱・濫用、および実在しない者(架空人)名義の文書の偽造成立性を論じる際の重要な論拠となる。
事件番号: 昭和40(あ)155 / 裁判年月日: 昭和40年6月3日 / 結論: 棄却
A株式会社の社員ではあるが、同会社を代表または代理して同会社名義の約束手形を振出す権限のない甲野太郎が、約束手形の振出人欄に、「鹿児島市a町b A株式会社鹿児島出張所」および「甲野太郎」ときざんだゴム印をそれぞれ押し、かつ甲野太郎の名下に「甲野」ときざんだ丸印を押した約束手形を作成する行為は、有価証券の偽造に当る。
事件番号: 昭和35(あ)493 / 裁判年月日: 昭和35年6月21日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】有価証券偽造罪及び同虚偽記入罪の成立には、その名義の被冒用者が実在人であることを要しない。本判決は、被冒用者の実在性を要件としていた大審院時代の判例は既に変更されていることを確認したものである。 第1 事案の概要:被告人両名が有価証券偽造罪乃至同虚偽記入罪に問われた事案。弁護人は、大審院の判例に基…
事件番号: 昭和28(あ)1481 / 裁判年月日: 昭和34年6月12日 / 結論: 棄却
行使の目的を以つて、擅に設立中の会社名義の売買契約書を作成したときは私文書偽造罪が成立する。
事件番号: 昭和37(あ)1572 / 裁判年月日: 昭和39年12月25日 / 結論: 棄却
たとえ代理人が商法第五〇六条に基づく商行為の代理権として、本人の営業に関し手形振出の権限を有し、かつその相続人から右手形振出に対する同意を得ていた場合であつても、既に営業を廃止した後死亡した者の名義を用いて約束手形を振出す行為は、刑法第一六二条第一項の有価証券偽造罪にあたると解するべきである。