判旨
有価証券偽造罪及び同虚偽記入罪の成立には、その名義の被冒用者が実在人であることを要しない。本判決は、被冒用者の実在性を要件としていた大審院時代の判例は既に変更されていることを確認したものである。
問題の所在(論点)
有価証券偽造罪(刑法162条)の成立において、作成名義人(被冒用者)が実在する人物である必要があるか(架空人名義による偽造の可否)。
規範
有価証券偽造罪(刑法162条1項)等の偽造罪において、作成名義人が実在することは犯罪成立の要件ではない。架空人名義を用いた場合であっても、公共の信用を害するに足りる形式を備えている限り、偽造罪が成立する。
重要事実
被告人両名が有価証券偽造罪乃至同虚偽記入罪に問われた事案。弁護人は、大審院の判例に基づき、偽造罪が成立するためには名義の被冒用者が実在人であることを要すると主張し、本件における名義人の実在性について争った。
あてはめ
弁護人が引用する大審院の旧判例は、被冒用者が実在することを要するとしていた。しかし、当該判例は昭和30年5月25日の最高裁大法廷判決により既に変更されている。したがって、名義人が実在しないことを理由に犯罪の成立を否定する主張は、現行の判例法理に照らして採用できない。
結論
有価証券偽造罪等の成立に被冒用者の実在性は不要であり、架空人名義を用いた場合でも同罪は成立する。本件上告は棄却される。
実務上の射程
文書偽造罪全般に共通する「偽造」の概念に関する基本判例である。答案上は、名義人と作成者の人格的同一性を偽ることが偽造の本質であるとした上で、名義人の実在性は不要である旨を簡潔に記述する際に用いる。昭和30年大法廷判決の射程を再確認した位置付けとなる。
事件番号: 昭和36(あ)2706 / 裁判年月日: 昭和38年12月6日 / 結論: 棄却
被告人が、設立準備中の会社である「甲株式会社」の発起人代表乙の承諾を得たとしても、右会社の設立前に行使の目的をもつて、振出人を「甲株式会社代表取締役乙」と表示、押印して、いかにも実在する右会社が振出したものと誤信させるような約束手形を作成するときは、架空の会社の代表資格を冒用したものとして、有価証券偽造罪が成立する。
事件番号: 昭和37(あ)1572 / 裁判年月日: 昭和39年12月25日 / 結論: 棄却
たとえ代理人が商法第五〇六条に基づく商行為の代理権として、本人の営業に関し手形振出の権限を有し、かつその相続人から右手形振出に対する同意を得ていた場合であつても、既に営業を廃止した後死亡した者の名義を用いて約束手形を振出す行為は、刑法第一六二条第一項の有価証券偽造罪にあたると解するべきである。
事件番号: 昭和27(あ)4689 / 裁判年月日: 昭和34年7月14日 / 結論: 棄却
本件A不動産株式会社増資新株式申込証拠金領収書は刑法一六二条所定の有価証券に当たる。