たとえ代理人が商法第五〇六条に基づく商行為の代理権として、本人の営業に関し手形振出の権限を有し、かつその相続人から右手形振出に対する同意を得ていた場合であつても、既に営業を廃止した後死亡した者の名義を用いて約束手形を振出す行為は、刑法第一六二条第一項の有価証券偽造罪にあたると解するべきである。
約束手形の振出行為が刑法第一六二条第一項の有価証券偽造罪にあたるとされた事例。
刑法162条1項,刑法506条
判旨
死者の名義を用いた約束手形の振出しは、たとえ行為者が生前に商法上の代理権を有し、かつ相続人の同意を得ていたとしても、有価証券偽造罪を構成する。
問題の所在(論点)
死者の生前に商法上の代理権を有しており、かつ相続人の同意を得ていた者が、死者の名義を用いて約束手形を振り出した場合に、有価証券偽造罪(刑法162条1項)が成立するか。
規範
有価証券偽造罪(刑法162条1項)における「偽造」とは、作成権限がないにもかかわらず、他人名義を利用して真正な有価証券であるかのように装う行為を指す。名義人が既に死亡している場合であっても、その名義を用いて新たに証券を作成する行為は、公共の信用を害するものとして偽造にあたる。
重要事実
被告人は、生前に商法506条に基づき営業に関する手形振出の代理権を有していた人物が死亡し、かつその営業が廃止された後において、当該死者の名義を用いて約束手形を振り出した。その際、被告人は死者の相続人から手形振出について同意を得ていたが、死者名義の証券として作成・流通させた。
事件番号: 昭和36(あ)2706 / 裁判年月日: 昭和38年12月6日 / 結論: 棄却
被告人が、設立準備中の会社である「甲株式会社」の発起人代表乙の承諾を得たとしても、右会社の設立前に行使の目的をもつて、振出人を「甲株式会社代表取締役乙」と表示、押印して、いかにも実在する右会社が振出したものと誤信させるような約束手形を作成するときは、架空の会社の代表資格を冒用したものとして、有価証券偽造罪が成立する。
あてはめ
被告人はかつて代理権を有していたが、本人が死亡し営業も廃止された以上、死者名義で手形を振り出す権限は消滅している。また、相続人の同意があったとしても、手形は死者本人の名義で作成されており、一般社会に対して「生存する本人が作成した証券」であるかのような外観を呈するものである。したがって、作成権限のない者が他人名義の証券を作成したといえ、有価証券に対する公共の信用を侵害する偽造に該当する。
結論
既に営業を廃止した後死亡した者の名義を用いて約束手形を振出す行為は、たとえ相続人の同意があっても有価証券偽造罪にあたる。
実務上の射程
死者名義の文書作成に関する重要判例である。私文書偽造罪において認められる「死者名義の文書が直ちに偽造とならない場合」との違いに留意し、有価証券については流通性や公共の信用の高さから厳格に判断される。答案上は、代理権の消滅および名義人と作成者の人格的同一性の欠如を指摘する際に用いる。
事件番号: 昭和35(あ)493 / 裁判年月日: 昭和35年6月21日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】有価証券偽造罪及び同虚偽記入罪の成立には、その名義の被冒用者が実在人であることを要しない。本判決は、被冒用者の実在性を要件としていた大審院時代の判例は既に変更されていることを確認したものである。 第1 事案の概要:被告人両名が有価証券偽造罪乃至同虚偽記入罪に問われた事案。弁護人は、大審院の判例に基…
事件番号: 昭和40(あ)2015 / 裁判年月日: 昭和43年6月25日 / 結論: 棄却
被告人が水産業協同組合法により支配人に関する商法の規定が準用される漁業協同組合参事であつても、同組合内部の定めとしては、同組合が融通手形として振り出す組合長振出名義の約束手形の作成権限はすべて専務理事に属するものとされ、被告人は単なる起案者、補佐役として右手形作成に関与していたにすぎない場合において、同人が組合長または…
事件番号: 昭和25(れ)1335 / 裁判年月日: 昭和26年5月11日 / 結論: 棄却
一 原判決の確定した判示第一の事実は被告人はA外十名の預金者から貯金の払戻その他の為同人等名義の貯金通帳を預つていたのでこれを使用して同人等名義の郵便貯金払戻証書を偽造行使したというのであつて、右A名義の郵便貯金払戻証書は被告人が生存中のAから預つた郵便貯金通帳と共にこれを行使する目的でこの通帳に基いて作成したものであ…