被告人が水産業協同組合法により支配人に関する商法の規定が準用される漁業協同組合参事であつても、同組合内部の定めとしては、同組合が融通手形として振り出す組合長振出名義の約束手形の作成権限はすべて専務理事に属するものとされ、被告人は単なる起案者、補佐役として右手形作成に関与していたにすぎない場合において、同人が組合長または専務理事の決裁・承認を受けることなく融通手形として組合長振出名義の約束手形を作成したときは、有価証券偽造罪が成立する。
漁業協同組合参事が上司の決裁を受けることなく組合長振出名義の融通手形を作成した行為につき有価証券偽造罪が成立するとされた事例
刑法162条1項,水産業協同組合法46条,商法38条1項,商法38条3項
判旨
支配人の地位にある者であっても、内部規程により手形作成権限が他の者に専属し、本人が単なる起案・補佐役にすぎない場合には、実質的に手形作成権限がないものと解される。したがって、かかる者が権限なく代表者名義の手形を作成する行為は、有価証券偽造罪を構成する。
問題の所在(論点)
商法上の支配人の地位にあり、包括的な代理権(水産業協同組合法46条3項、商法38条1項)を有する者が、内部規定により手形作成権限を制限されている場合に、その制限に反して手形を作成する行為が有価証券偽造罪にあたるか。単なる「権限の濫用」にとどまるのか、それとも「権限なき作成(偽造)」となるのかが問題となる。
規範
有価証券偽造罪(刑法162条1項)における「偽造」とは、作成権限のない者が他人名義の証券を作成することをいう。法的な代表権・代理権を有する者であっても、職務権限の分配等により、特定の種類の証券作成について実質的な作成権限が否定される場合には、これを作成することは作成権限のない者によるものとして偽造にあたる。
重要事実
事件番号: 昭和40(あ)155 / 裁判年月日: 昭和40年6月3日 / 結論: 棄却
A株式会社の社員ではあるが、同会社を代表または代理して同会社名義の約束手形を振出す権限のない甲野太郎が、約束手形の振出人欄に、「鹿児島市a町b A株式会社鹿児島出張所」および「甲野太郎」ときざんだゴム印をそれぞれ押し、かつ甲野太郎の名下に「甲野」ときざんだ丸印を押した約束手形を作成する行為は、有価証券の偽造に当る。
被告人は漁業協同組合の参事であり、商法上の支配人の地位にあった。同組合では、融通手形として振り出す組合長名義の約束手形の作成権限は、内部規定により専務理事に専属しており、被告人は単なる起案者や補佐役として関与するにすぎない立場であった。被告人は、組合長や専務理事の決裁・承認を得ることなく、准組合員のために組合長名義の約束手形を作成した。
あてはめ
被告人は支配人の地位にあり形式的には包括的な代理権を有していたが、本件組合の内部規定では手形作成権限は専務理事に専属しており、被告人は単なる起案・補佐役にすぎなかった。このような事実関係のもとでは、単に権限行使の方法に内部的制約があったというにとどまらず、実質的に被告人には手形作成権限そのものがなかったものとみるべきである。したがって、被告人が決裁を経ずに手形を作成した行為は、権限のない者による他人名義の証券作成に該当し、名義人と作成者の人格的同一性を偽るものといえる。
結論
被告人の行為は有価証券偽造罪にあたる。原審の判断は結論において相当であり、上告を棄却する。
実務上の射程
支配人や代表取締役といった包括的代理権を有する者であっても、職務分掌や内部規定によって実質的に作成権限が剥奪されていると評価される場合には、権限の濫用ではなく偽造(有形偽造)となりうることを示している。答案上は、単なる内部的制限か、それとも実質的な権限の欠如かを、被告人の具体的な職務実態に即して書き分ける必要がある。
事件番号: 昭和28(あ)1588 / 裁判年月日: 昭和30年6月29日 / 結論: 棄却
有価証券偽造罪を判示するにあたつては、いかなる名義人のいかなる内容の有価証券であるかがわかる程度に判示するを以て足り、商法上の手形要件を全部表示するの必要はない。
事件番号: 昭和36(あ)1662 / 裁判年月日: 昭和37年6月14日 / 結論: 棄却
被告人の保管にかかる前示銀行に対する預金を引出し業務上保管中擅にその全部又は一部を着服して横領しこれを銀行における自己の預金口座に振替えた場合は横領罪の成立を妨げないものと解すべきである。
事件番号: 昭和36(あ)2706 / 裁判年月日: 昭和38年12月6日 / 結論: 棄却
被告人が、設立準備中の会社である「甲株式会社」の発起人代表乙の承諾を得たとしても、右会社の設立前に行使の目的をもつて、振出人を「甲株式会社代表取締役乙」と表示、押印して、いかにも実在する右会社が振出したものと誤信させるような約束手形を作成するときは、架空の会社の代表資格を冒用したものとして、有価証券偽造罪が成立する。
事件番号: 昭和35(あ)493 / 裁判年月日: 昭和35年6月21日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】有価証券偽造罪及び同虚偽記入罪の成立には、その名義の被冒用者が実在人であることを要しない。本判決は、被冒用者の実在性を要件としていた大審院時代の判例は既に変更されていることを確認したものである。 第1 事案の概要:被告人両名が有価証券偽造罪乃至同虚偽記入罪に問われた事案。弁護人は、大審院の判例に基…