有価証券偽造罪を判示するにあたつては、いかなる名義人のいかなる内容の有価証券であるかがわかる程度に判示するを以て足り、商法上の手形要件を全部表示するの必要はない。
有価証券偽造罪の判示の程度
刑訴法335条
判旨
手形発行権限のない補助者が、名義人の補助者たる資格で手形を作成した場合であっても、名義人との人格の同一性を偽るものである以上、有価証券偽造罪が成立する。
問題の所在(論点)
手形発行権限を有しない補助者が、名義人の補助者たる資格において手形を作成した場合に、有価証券偽造罪が成立するか。すなわち、名義人の補助者による作成が「偽造」に該当するか。また、有価証券偽造罪の判示において商法上の手形要件を全て表示する必要があるか。
規範
有価証券偽造罪(刑法162条1項)における「偽造」とは、作成権限のない者が他人名義の有価証券を作成することをいい、作成名義人と作成者の人格の同一性を偽ることを意味する。名義人の補助者としての資格を冒用して作成した場合であっても、実質的な作成権限を欠く以上、名義を冒用したものとして偽造にあたる。
重要事実
被告人は、A株式会社B支店の支店長名義で手形を発行する権限を有していなかった。しかし、被告人は同支店長の補助者という立場を利用し、当該支店長名義の手形を作成した。第一審および原審は、被告人が手形発行の権限を持たず、あくまで補助者の資格において作成したに過ぎないことを認定した。
事件番号: 昭和40(あ)155 / 裁判年月日: 昭和40年6月3日 / 結論: 棄却
A株式会社の社員ではあるが、同会社を代表または代理して同会社名義の約束手形を振出す権限のない甲野太郎が、約束手形の振出人欄に、「鹿児島市a町b A株式会社鹿児島出張所」および「甲野太郎」ときざんだゴム印をそれぞれ押し、かつ甲野太郎の名下に「甲野」ときざんだ丸印を押した約束手形を作成する行為は、有価証券の偽造に当る。
あてはめ
被告人はA株式会社B支店長名義の手形発行権限を有していない。被告人は支店長の補助者の資格で手形を作成しているが、これは権限のない者が名義人の名義を勝手に用いて作成したものと評価できる。したがって、作成名義人と作成者の人格の同一性を偽ったものといえる。また、犯罪事実の判示においては、いかなる名義人のいかなる内容の有価証券かが判明する程度の記載があれば足り、商法上の手形要件を全表示する必要はないと解される。
結論
被告人による手形作成は有価証券偽造罪を構成する。また、判示において商法上の要件を欠いていたとしても、直ちに有価証券偽造罪の成立が否定されるものではない。
実務上の射程
権限を越えた代理・代表だけでなく、本判決のように権限のない補助者が名義人の名前を用いて作成するケースでも偽造が成立することを確認する際に用いる。有価証券の「名義人」と「作成者」の不一致に注目する答案構成において、形式的偽造の典型例として引用できる。
事件番号: 昭和36(あ)1662 / 裁判年月日: 昭和37年6月14日 / 結論: 棄却
被告人の保管にかかる前示銀行に対する預金を引出し業務上保管中擅にその全部又は一部を着服して横領しこれを銀行における自己の預金口座に振替えた場合は横領罪の成立を妨げないものと解すべきである。
事件番号: 昭和30(あ)1162 / 裁判年月日: 昭和30年7月13日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】判示事項としての判旨は示されていないが、本件のような状況において有印私文書偽造罪(刑法159条1項)が成立することを肯定した。 第1 事案の概要:本件判決文からは具体的な事実関係は不明であるが、被告人が他人の名義を冒用して有印の私文書を作成した事案であると推認される。 第2 問題の所在(論点):被…
事件番号: 昭和28(あ)3652 / 裁判年月日: 昭和30年4月19日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】業務上占有する他人の物を自己の利得のために処分する行為は、背任罪ではなく業務上横領罪を構成する。また、預金に際して実在する他人の氏名を使用したとしても、その名義人は虚無人とはいえない。 第1 事案の概要:被告人は、業務上の地位に基づき管理・占有していた金員を、自己の利益を図る目的で処分した(判示第…
事件番号: 昭和40(あ)2015 / 裁判年月日: 昭和43年6月25日 / 結論: 棄却
被告人が水産業協同組合法により支配人に関する商法の規定が準用される漁業協同組合参事であつても、同組合内部の定めとしては、同組合が融通手形として振り出す組合長振出名義の約束手形の作成権限はすべて専務理事に属するものとされ、被告人は単なる起案者、補佐役として右手形作成に関与していたにすぎない場合において、同人が組合長または…